英国物語ルキア【完結】

□捩章(後編)
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「井上さんを探してきても良いだろうか」

宴席が終わり、ゲストが掃けるとルキアは一番にそう言った。

出足のハプニングは見事に「なかった事」にされ、和やかに宴席は終了、当主と子息は労をねぎらい既に退席している。

「片付け終わってからでもいいだろ」

落ち着きの無いやつだな、とでも言うように一護が肩眉を上げる。

しかしルキアは待ちきれなかった。

1人で泣いているのではないかと。

「それはそうかもしれんが…どこに居るのか確認だけでも…」

「子供じゃねぇんだから大丈夫だろ。井上も」

まるで心配する様子のない一護にルキアは眉を寄せた。

「…心配ではないのか」

「何が」

「女の子が、人前であんな侮辱を受けたのだ。どれほど傷ついたか知れないだろう」

睨んでいるルキアの顔こそ泣きそうで、一護は顔には出さずにうろたえた。

一護だって織姫の心情が気がかりでないわけではない。ただ、一護にとって、暴かれた2人の『過去』はそう大げさなものではなかった。

「…仕事は、仕事だ。ままごとはやること済ませてからにしろ」

大騒ぎするほどの事ではない、とドライに畳み掛ける。元より、仕事途中に席を外した織姫には説教するつもりでいた。

一見冷たい一護の考え方が、実は織姫にとって一番優しいとその場で気づける者はいなかったけれど。

「…いや、いいよ」

返す言葉がなく唇を噛むルキアに、黙って聞いていた石田が口を挟む。

「…おいコラ」

「僕がいい、と言ってるんだ。残りの片付けはそう大した量じゃない。同僚のケアだって、仕事のうちだろう」

静かな敵意を以って石田は一護を見た。

それは怒っているようにも見えて、一護は不貞腐れる。

「…勝手にしろよ」

不機嫌に言い捨てると、自分は片付けを始める。

そのやりとりにルキアは少し戸惑い石田を見上げると、石田は視線だけで促した。

「…ありがとうございます」

軽く会釈し駆け出そうとするルキアを、水色の声がとめる。

「…行かなくていいよ」

淀んだ感情が声にも滲み出ている。

ルキアが足を止めて振り向くと、水色は微笑んでいた。いつもと変わらず。

じわりと食い込むような昏い視線にルキアは寒気がした。

「しかし…」

「行って、何するの?」

水色はゆっくりとルキアに近づき、気おされたルキアは思わず2、3歩後ずさる。

「かわいそうに、って慰めてあげるの?」

可笑しそうに嗤いながら問いかけられて、ルキアは薄ら寒さに言葉に詰まる。何かが、おかしい。

「それとも、たくさんの男の相手は大変だったね、って労ってあげるのかな」

くすくすと笑いながらルキアの横を通り過ぎ戸口へ向かう。

「処女のくせに」

言葉に込められた意味にルキアは顔を赤くする。

(確かに…私などが声をかけたところで、なんの気休めにもならないかも知れぬ)

うまうまと「大丈夫か」などと言ったところで、織姫の傷は癒されはしないだろう。むしろ拡がるかもしれない。

短慮に飛び出しそうになった自分をルキアは戒めた。

ルキアの反応を勘違いした修兵は「口が悪いぞ小島」と手を動かしながら咎める。

「おまえらしくないな、女の子にそんな事言うなんて」

「いいえ、檜佐木さん…」

修兵の言葉を訂正しようとルキアは慌てて口を開く。

未通を揶揄された事に羞恥したわけでも憤ったわけでもない。自分の短慮を恥じただけなのだと。

そう言う前にことばは遮られた。


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