英国物語ルキア【完結】

□捩章(前編)
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「…場違いじゃないですか、俺」

藍染公爵邸へと向かう馬車の中で修兵は縮こまっていた。

15歳で松本邸へ執事として勤めだして6年、持ち前の器用さで雑事は難なくこなしてはいるが、対賓のマナーに関してはまだまだ不安がある。

公爵家招待のパーティーへエスコート役として参加するなど、恐れ多くて考えた事もなかった。

「何言ってるの。ただ私の話し相手してくれたらいいのよ。単なるカクテルパーティーなんだから」

正餐とは違い、ずいぶん気軽なものだ。多少の不手際など誰も気づきはしない、と乱菊は軽く言った。

「東仙の方こそ、付いてこなくて良かったのに」

隣に座る執事長をちらりと横目で見る。

「…そんなわけにいかないでしょう。奥様が無理を言ったら檜佐木じゃ止められません」

「信用ないわね」

「残念ながら」

余裕の会話を交わす2人の向かいで修兵は掌に「人」と書いて飲み込む。

自分がしくじれば、乱菊に恥をかかせる。それだけは、絶対に避けねば、と。

そんな雑談の間に馬車は藍染公爵邸へと到着した。





「まったく、辺鄙なところにあるわよね。馬車に乗りすぎて背中が痛くなっちゃったわ」

自邸も随分不便な場所にある事は棚にあげて乱菊はぼやいた。

「おまけに趣味が悪いわ。まるで白鳥城みたい。ルートヴィッヒ二世にでもなったつもりかしら」

「文句ばかり言ってないで…今まで再三お断りしてきた非礼をお詫びしてくださいね」

聞こえよがしなため息とともに東仙は乱菊を馬車から降ろす。

その様子をぼんやりと見ていた修兵は、これは途中で抜け出すかもしれないなと気をまわし、帰る準備をしていた従者にこっそりと近くで待機しておいてくれと囁いた。

執事長のご意向には反するかもしれないが、乱菊の行動パターンについては修兵の読みはまず外れない。

帰りたいとなったら歩いてでも帰る方だ。そんな事をさせるわけにはいかない。

銀貨を握らせると、従者は「では門の外の水のみ場で」と返して走り去っていった。



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