英国物語ルキア【完結】

□凛章
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「…どういう事か説明してもらおうか」

ろうそくのたよりない炎がゆらめくファミリーダイニングによく通るハスキーボイスが反響する。

きちりとダイニングチェアに腰掛けた遥か向かい側の椅子で乱菊は気だるそうに肘をついている。その他使用人は直立不動。

怒り露わな声の主は、松本家の次期当主、松本冬獅郎。12歳の幼さに関わらず、松本家の執務はほぼこの少年がこなしていると言っても過言ではない。

その年齢と華奢な体躯とはうらはらに、全身から見る者を威圧する威厳が滲み出ていた。

「もぉ、そんなに怒らなくたっていいじゃない、冬獅郎ったら相変わらずカタいわねぇ。誰に似たのかしら」

他の全員が怒気に押されて俯く中、その少年の母たる乱菊は気にも留めない軽々しさで子供のように口をとがらせていた。

「固くねぇ。常識だ。…ウルキオラ、この3日間の松本公爵の予定はどうなってた?」

冬獅郎が背後に控える無表情な男に声をかけると、男は手帳を取り出し「タウンハウスで弁護士とミーティング、議会への書類の作成・提出、新地領主との謁見、となっています」と抑揚なく答えた。

「と、いう事だが…その予定は何処へ消えた?」

冬獅郎はジロリと石田を睨む。

背筋を正した石田は「は、全て保留しております」と苦々しく返した。

「…職務を放棄して舟遊びに興じる公爵がどこに居る?」

目を閉じせりあがる怒りを抑える冬獅郎に、乱菊は「はーい、ここにいまーす」と朗らかに手をあげ火に油を注いだ。

「ふざけんな!!!この昼行灯が!!!」

テーブルを叩いて「仕事しねぇなら手当てを返上しろ!」と怒鳴る。

「やぁよ。権利は私が持ってるんだから」

全員が身を竦める中、やはり堪える風のない乱菊は毛先をいじりながらそっぽをむいている。

(…どっちが親か子かわからんな…)

船着場から馬車で出発してすぐに私設警邏隊に確保され、何が何やらわからないうちに薄暗い屋敷の中で整列させられたルキアは先ほどからのやりとりをぼんやりと受け止めていた。

バーミンガムへご遊学中、という話だったご子息は予定よりも早く屋敷へとお戻りになったらしい。

誰1人いない屋敷に目を剥いて、同行していた家庭教師、兼、執事代行の伯爵、ウルキオラ・シファー卿に命じて至急捜索班が出されたそうだ。

(遊学、というからホームステイかパブリックスクールへの訪問かと思っていたが…)

どうやら話を聞いていると、バーミンガムの領地へ借地人との交渉に行っていたようだ。

まるで脂の乗った壮年の仕事だ。成人に遥か遠い少年のする事とは思えない。

感心を通り越し呆れていると、いくつかの小言を並べた冬獅郎は「もういい」と疲れたように立ち上がった。

「とにかくこの3日間でやるはずだった公爵の仕事だけは俺は代行しねぇからな。全部テメェがカタつけろ」

それが一番堪えたらしく「ええー!?」と悲鳴をあげる松本公爵に「本来、俺が行ってた借地交渉もアンタの仕事だろ!」と怒鳴りつけると「ナイトティーはいらねぇ」と言い残し苛々とダイニングを出て行った。

荒々しく扉が閉じられると、一斉にため息がこぼれる。

「今日はまた…一段と機嫌悪かったなぁ…」

一番疲れた様子の啓吾が力なく言う。

「まぁ、仕方ねぇだろ…」

慰めるように恋次が啓吾の肩を叩く。

胃を押さえた石田が「…ともかく、今日は休んでいいから…明日からよろしく頼む」と言い、力ない返事と共にその場で解散となった。

鞄を持ち上げたウルキオラに「今日はお泊りで?」と石田が尋ねると、「いいや、今回の結果を報告する所があるから暫くタウンハウスのほうに居る」と言い、無表情な男は足音なく立ち去った。

印象の薄い男だな、と思いながらルキアがぼんやりその背中を見送っていると、思い出したように石田が声を上げる。

「あ、朽木さんはちょっと来て」

「はい?」

突然声をかけられて慌てて返事をするルキアに石田は言いにくそうに眉を寄せた。

「その、…こんな空気の中申し訳ないんだけど、一応、一言いいかな…冬獅郎様に」

(うっ…)

それは中々の気まずさだ。

しかし帰宅のご子息に挨拶するのは道理で、断るわけにもいかずルキアは頷く。「ご愁傷様」と背中を叩かれ、ルキアは声の主を睨んだ。

「…なんなら黒崎も来るかい?センパイとして」

意地悪く石田に言われ、「それはカンベン」と首を竦めた一護は足早にダイニングを出ていってしまった。

石田はもう一度深いため息をつくと、ルキアに視線を戻す。

「まぁ、本来はそんなに気難しい方じゃないから」

それはなんの慰めにもなってはいないのだが。


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