英国物語ルキア【完結】

□燃章
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「…おい、恋次!」

「んぁ?」

呼ぶ声にぼんやりと目を開け、夢と現実が入り混じる意識で恋次は身体を起こした。バサリと音がして分厚い本が床へ落ちる。

「まったく、だらしないぞ!いつまで寝ている気だ」

呆れた声に目を向ける。

「…!ルキア!?」

「うむ。いい加減昼になるぞ。シャキっとしろ」

寝台の横で仁王立ちしているルキアに恋次は慌てて身を正した。

(え?あれ?ここどこだっけ?)

寝ぼけた頭で現状を思い出す。

(ええと確か船に乗せられて…)

「クルージングも本日が最後だ。部屋に引きこもってばかりおらずに少しは外界と接触してみてはどうだ」

ルキアに呆れたように言われてようやく頭がすっきりとした。

そう、ルキア歓迎会とは名ばかりの強制クルージングも本日が最終日。

昨日の恋次は終日部屋に引きこもり、インテリアのように置かれていた料理の本とブッフェカウンターから持ち込んだ軽食で一日をやりすごしていた。

今日も同じように、大陸料理の文献を読みながら紅茶を飲んでいたらうとうとしてしまったのだ。

「面倒くせぇよ。俺ぁそうゆうの向いてねぇんだ。あと半日で解放だろ?もう寝てやり過ごすしかねぇよ」

「莫迦者。昨今は料理人といえどパフォーマンスは必要だぞ。公爵家お抱えとなればそれなりに表に出る必要もあるし、それなりにジェントリも求められる。
こういった少数の集まりは社交の練習には持って来いだというのに」

とくとくと語りだしそうなルキアに、糞真面目なところは変わってねぇな、と苦笑いする。

ずいぶんと綺麗にはなったけれど。

「…なんだ、人の顔をじっと見て。何かおかしなところでもあるか?」

「いいや、相変わらず色気がねーなと思ってよ」

緩く締め付けられる心を誤魔化すように、恋次は揶揄した。

「ドレス着てないと男と間違われるだろ」

「そんなわけあるか!失礼にも程があるぞ!」

期待通りに怒り出すルキアに「冗談だって」と恋次は笑う。

「すっかりお嬢様らしくなったよな」

昨日、一昨日と、僅かに部屋を出る時間にも、貴族相手に愛想よく振舞うルキアは目に付いた。

可憐に微笑む上品な立ち姿は浮き上がって見える。

モノクロの中の色彩のように。

「見違えた」

少し寂しそうに目を細める恋次に、ルキアは所在なくぎゅっと指を組んだ。

口が悪くて喧嘩ばかりしていた昔馴染みがいやに大人になってしまったように見えて。

「…言うほど変わってはおらぬよ」

目を伏せて寝台に腰掛ける。

「…おいおい、貴族令嬢が庶民と並んで座っていいのかよ」

怖気づいた恋次は慌てて距離をとる。

その様子にルキアは苦笑いした。とても寂しそうに。

「…貴様は随分と、分別がつくようになったのだな」

ルキアの記憶の中の恋次は、どんな壁でも飛び越えそうな腕白坊主だった。

朽木家に入って間もない頃、恋次ならば、あの高い壁を乗り越えて会いにきてくれるのではないかと期待したこともあった。

そんな夢のような事は起こらなかったけれど。

「いや…違うな…私が気づかなかっただけで、本当は誰よりも分別を弁えた大人だったのだな、昔から」

ルキアの言葉は恋次に突き刺さり、気まずい沈黙が流れる。

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