英国物語ルキア【完結】
□燃章
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「…なんなんだ、あんた」
「俺か?俺ァ食いモンに煩ぇ英国人よ」
思わず顔を歪めた恋次に「おぅ、焦げるぜ」とフォークを突き出す。
「おっと」
「ついでに言うと、なかなか調理界で顔のきく英国人だ」
「は?」
「例えば、オメェがもっと上目指してんなら、老舗リストランテに入らせてやることも出来るんだがな」
「本当か!?」
「手ぇ止めすぎだバカ!…あーあー、そのコトレッタ(カツレツ)はもうおじゃんだな…」
「うっ…。…や、それより、本当なんスか今の話!」
見た目には充分食事可能な薄切り肉のカツレツを脇へ放り投げ(提供のレベルではないと判断したため)、新しい肉を調理しながら恋次はそわそわと男に注目する。
初対面の胡散臭い男を信用する根拠はないが、もし本当ならまさにタナボタ。
「嘘はつかねぇよ。ただしオマエのゴールを聞かせてもらおうか」
「ゴール?」
「オメェは何を目指してる?なんのために料理を作るんだ?」
男の顔からにやけた笑いが消え、その眼差しは恐ろしいほどに鋭く光る。誤魔化しは許されない、と恋次は息を飲んだ。
「…貴族の…」
言いかけて恋次は訂正する。笑われる事は覚悟して。
「英国第六位公爵家のお抱え料理人になりたい」
凡人が成せる事ではない。住み分けの明確な英国で、就ける仕事は生まれた時から選択肢が限られている。
上流の生まれでないものは、上流には関われない。恋次のゴールは雲よりも遠い。
それでも、万が一にでも関われるかもしれない可能性は、それしか思いつかなかった。
英国は超人的な職人には生まれに関わらず敬意を払う風習がある。あらゆる名声を集める料理人に成れれば、或いは上流の家へと招きいれられる事もありえるかもしれない。
「そりゃまたでけぇ目標だな」
恋次の答えを嗤う事なく男はグラッパを注ぐ。
「しかしまたなんで公爵家なんだ?しかも第六位公爵は堅苦しいことで有名だ。テメェみたいなフリーダムな人間が入るにゃ向かねぇと思うがな」
「…食わせたい奴がいるんだ。そこに」
「はぁん?…女か。やっぱりオメェはラテン系だな。料理は愛ってな。ミアモーレってやつだ」
「…余計なお世話だ」
冷やかされて、それがまんざら的外れでもないだけに、途端に不機嫌そうに手を動かす恋次を見て「気に入った」と男は笑う。
「そんならいい修行先教えてやる。そこで1年働いてみな。年季が明けたら、心当たりの公爵家に口きいてやるよ。朽木の家は無理だがな」
その後は自分でのし上がってみろ、という男の言葉に恋次は目をむく。
「…本気かよ…なんでそんな事してくれるんだ?」
「はん、俺が今その公爵家の台所任されてんのよ。これが気にくわねぇ女公爵が主人でな。面倒くせぇから後釜探しに旅に来て、運よくテメェを捕まえたわけだ」
「や、けど、俺、本気で料理の勉強初めてからは1年ぐらいしか経ってねぇスよ。1年後に公爵家の調理場なんて…」
あまりにうますぎる話に泡を食う恋次を「バカヤロウだな」と男は嗤う。
「料理に必要なのは知識や経験じゃねぇ。才能と努力だ」
テメェにはそれがある、と男はリキュールグラスを翳して恋次を見る。「美味い料理を作る奴は顔を見ただけでわかるんだよ」
「…一体ナニモンだよ…」
呆れる恋次に、男はニヤリと口の端を持ち上げた。
「おぅ、名乗ってなかったか。俺は斑目一角。大英帝国男爵にして西洋料理界にその人ありと謳われる食通よ」
料理以外はからっきしだけどな、と付けたし、そのおどけた調子に少し間を置いて2人は笑った。