英国物語ルキア【完結】
□燃章
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「よぉ、兄ちゃん、あんた英国人か?」
オープンキッチンを覗き込めるカウンター席から、柄の悪そうなつり目の男が声をかけてきた。
普段なら無視するところだが、聞きなれた英国語につい反応する。
料理修行にイタリアに渡って早半年。やっと日常会話についていけるようになった恋次に、英国の言葉は懐かしく耳に優しかった。
「…そうですけど、なんスか」
声をかけてきたその男の頭は見事なスキンヘッドで、それは何かの決意か象徴のように見えた。
何か苦情でも言われるのだろうか、と恋次は思わず身構える。
この伊国の人間は「英国人に美味いものは作れない」と決めてかかっている。このカフェレストランに入り込む事にすら随分と苦労した。
「なかなか手際がいいから感心してたんだ。若ぇのに、結構な場数踏んでるみたいじゃねえか?」
にやにやと値踏みするような視線は、忙しいディナータイムのイラだった神経を逆なでする。
確かに物心ついたときから料理する事が好きだった。
孤児院でも率先して調理場に入っていたし、娯楽の少ない孤児院の皆に美味い物を食わせてやりたいと試行錯誤するのは楽しかった。日常の中に常に『料理』はあった。
料理人になると決めてからは睡眠時間を犠牲にして勉強をしている。給料の殆どは練習用の食材か、評判のレストランの馬鹿高いディナー代に消えていく。
だがまだまだ駆け出しなのは自覚していた。男の言葉はバカにしているようにしか聞こえない。
「忙しいんで、話し相手ならカメリ(ウェイター)にどうぞ」
「愛想ねぇなぁ、兄ちゃん。同じ英国人のよしみだ、仲良くやろうぜ」
馴れ馴れしい男の態度にうんざりしながらも、英国人、と言われて横目で様子を伺う。
カウンターの上にはグラッパのボトルとカルパッチョ。
(…伊国かぶれの面倒くせぇ酔っ払いか…)
グラッパ(度数の高い蒸留酒)を1人でボトルオーダーするなんて並の酒呑みじゃない。
「なぁ、兄ちゃん、見たところオメェは結構な努力家だ。
わかるぜ?仕入れ食材のレベルに合わせて全部調味料加減してやがるだろう。このカルパッチョ、前に居た奴のレシピと違う。今日の肉は脂身が固いから叩き加減とオイルの種類変えたな?おかげですいすい酒が入らぁ」
おまけにグルマン気取り。殊更面倒だ、と言葉にせずにぼやく。
無言の恋次にめげずに男は続けた。
「なんか、でけぇ野心もってんじゃねえのか?」
その言葉に思わず恋次の手がとまる。
「この程度のバールじゃ収まんねぇだろ?もっと上目指してるように、見えるがな」
恋次はリキュールグラスを煽るその男を、改めて眺めた。
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