英国物語ルキア【完結】

□流章
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珍しく大人しい啓吾もどうやらそれなりに緊張しているようだし、その隣の大柄な男も大きな身体を丸めている。たぶん慣れない環境に戸惑っているのだろう。

「そういえば、茶渡くんはまだ紹介してなかったね」

そんな事は気にする風もない石田が呑気に紅茶を飲みながら、その大柄な男は庭を預かる茶渡泰虎だと教えてくれた。

ルキアは立ち上がり軽く会釈する。

「ご挨拶が遅れました。朽木ルキアと申します。どうぞよろしく」

場所のせいか、つい気取った社交的な挨拶になる。

「む…」

戸惑った茶渡は唸るような声で返し、自分も立ち上がったほうがいいのかとおたおたし、水色に「そのままでいいから」となだめられていた。

かく言う水色の社交術については言わずもがな。

「そんで言い出しっぺの奥様はどこ行ったんだよ」

社交とは縁遠そうな一護は、案外特に気負った様子もなく修兵に尋ねる。

ルキアは心の中で、その乱雑さで少しは恥を晒すといい、と意地の悪い事を考えた。少なくとも、社交術に関しては、ルキアの方が上である。

「デッキではしゃいでるよ」

「…何しに来たんだ、あのご婦人は」

「だから船に乗りに来たんだよ」

天気がいいから、という言葉を再び修兵は飲み込む。

「まぁ、いいじゃないか。強制とはいえ3日間の休暇だ。スタッフの親睦を深めるのにもってこいだろ。…特にオマエと朽木の」

他意のない修兵の言葉に一護は嫌そうな顔をする。

「親睦とか必要ねぇし」

「そう言うな。オマエはもうちょっと人に歩み寄る事を覚えたほうがいい。後輩とのコミュニケートは立派な仕事だぞ。手始めに2人でもっと理解を深めてみたらどうだ?」

「それよかやんなきゃなんねぇ仕事、屋敷に山積み残してきてるんですけど」

「ワーカホリックだな」

「おかげさまで」

軽口を叩きながら立ち上がった一護は、石田に「で、乗り込んでくる子爵ってのは誰なんだ?」と尋ねる。今後の仕事に有益な相手ならまだマシだという考えで。

石田は底意地の悪い笑顔で「大前田子爵」と答えた。一護の顔が更に不機嫌に染まる。

「…最悪」

「他に未使用の船を所持してる貴族がいなかったんだから仕方ないだろう」

その名前にルキアも少し眉を顰める。

大前田家は第二位公爵の四楓院家のコバンザメで有名だ。成り上がりで、それが故にブランド思考が強く、品格やら格式などに煩い。

何より人の失敗を嗤うのが好きで、ある意味、とても貴族らしい。

何度か朽木邸に訪れた当主に挨拶をしたことがあるが、好奇に満ちた、下卑た目で見られた事を覚えている。

「めんどくせぇ船旅になりそうだなぁ」

「3日間に抑えた事を褒めてくれ」

疲れたように石田が言い、修兵が頷く。

その様子から言葉にされない気苦労を感じ、なんとなくルキアは気の毒になった。

「あと15分ほどで停船する。一応、子爵が乗り込まれるときには挨拶に出るように。その他は夕食まで好きにしていいから」

それだけ言い残すと石田も自室へと引き上げ、それを合図にそれぞれが席を立つ。

ルキアはテーブルに残されたカップを片付けそうになって、船のスタッフに「そのままで」と止められ赤くなる。

(どうも、切り替えが下手だな、私は)

そっとため息をつきティールームを出て自室へ向かいかけ、まず乱菊にお礼を言いに行こうと思い直しデッキへと足を向けた。
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