英国物語ルキア【完結】

□リクエストステージ「掴章」
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「てめぇには学習能力がねぇのかよ!」

「なんだと!?貴様、自分の理不尽さをさておいて私の能力にケチをつけるとは男らしくないぞ!」


今日も今日とて、変わり映えのしない痴話喧嘩を撒き散らしながら松本家の時間は優雅に刻まれている。

「毎度の事だが、一護はジャック卿を嫌いすぎてはおらぬか?なぁ、雛森」

「そうだねー。あ、スプーン磨き終わったら次こっちのフルーツフォークお願い」

「うむ」

「違ぇだろ。好き嫌いの問題じゃねぇだろ。あんなどの角度から見ても胡散臭い男に危険を感じないお前の感覚がオカシイんだよ!だろ?水色!」

「まぁ確かにジャック卿は女の子の扱い天才的だよねー。ちょっとは見習ったら?」

「そういう事言ってんじゃねぇよ」

「ほらみろ、模範とすべきところすら在るようではないか」

「いやだからそういう事じゃねぇって」

「あ、みがき粉なくなっちゃった。一護、取ってきて」

「ん?おお、仕方ねぇな」

さすが日常的に当てられ続けている雛森と水色は多少の事では動じない。いちゃいちゃと喧嘩をする2人を軽く受け流し、自分達への被害は最小限にしていた。

2人にとって厄介だったのは、どちらかと言えば、もう1組の方。

「あ、あのっ、石田くんっ」

先に調理場の戸を開けた石田を追うように駆け込んできた織姫が、ぎゅっと組み合わせるように指先を握り締め、意を決したように「今度のお休み、ヒマかな?」と尋ねる。

そのフレーズだけで、その場に居合わせてしまった雛森と水色は気まずい気持ちになる。

何せ、言い合いをしながらも…言い合いをしているくせに結局一緒に倉庫へ磨き粉を取りにいってしまった今までそこに居たバカっプルとは違い、今まさにピンク色の空気を振りまきそうな視界の端の天然カップルはまだ決定的に「始まって」いない。

思わず身構える雛森と水色にはおかまいなしに、織姫に呼び止められた石田ははにかんだように「休みと言っても名目だけだから、自室で執務をしてると思うよ」と優しく答えた。

石田の返答に、織姫は複雑そうに眉を下げる。

「そっか…そうだよね、石田くんは忙しいよね…」

「いや、まぁ、何がなんでも仕事しないといけないわけじゃないけど…何かあったのかい?」

「えっ…うん、あのね、たつきちゃんに美術展のチケット貰って…私、1人で街に行ったことないし、チケットは2枚あるし、たつきちゃんは用事があって行けないし、だから…」

「うん」

「石田くんが一緒に行ってくれたらいいなって…思って」

「うん……え!?」

「だ、だめ?やっぱりイヤかな?」

「そ、そんな事はっ…!でも、そんな、僕と…?」

「うん。石田くんと行けたら嬉しいんだけど…どうかな…?」

「え、あ、…うん、ええと、僕でいいなら、喜んで」

「ほんと!?よかったぁ!」

万歳三唱の織姫は「約束だからね」と言い残して立ち去っていった。

見送る石田の瞳はやや夢見心地。

「…またちょっと種類の違う恥ずかしさがあるよね…」

「うん…突っ込めないぶん、コッチのほうが厳しいかな…」

どっと疲れた雛森と水色が互いの苦労を慰めあっていると、石田が「何の話かな」と聞きとがめる。

「んー、執事長って井上さんと付き合ってんのかなって話」

(言った…!)

直球の水色に雛森は内心慌てる。

しかし石田の慌てぶりはそれどころではなかった。

「なっ、そ…、いやっ…!」

そんな事はないと言いたい様子だがまったく言語になっていない。

見た事もないほど顔を赤くすると、身振り手振りで「違う」と否定し、あたふたと調理場を出ようとして、出口で派手に柱に頭をぶつけていた。

ぶつかった拍子にズレた眼鏡を正す事もなくおたおたと廊下を歩くさまには、辣腕と噂の松本家筆頭執事の面影は欠片も感じられない。

「…春だね…」

「…秋だけどね」

遠くから喧嘩をする一護とルキアの声が近づいてくるのを聞きながら、二人は苦笑する。

今日も昨日とほとんど変わり映えのない日常で、でも少しずつ違う。それはとても馬鹿馬鹿しくて、この上なく幸せな事だと。




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