英国物語ルキア【完結】
□リクエストステージ「揺章」
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「おはようございますルキア様」
「ああ」
老僕の挨拶に短く返す。
ここは朽木公爵邸の一室。正確には、朽木ルキアの私室である。
繁忙を極めた社交シーズンが終わり、行儀見習いであるルキアに10日間の暇が言い渡された。
本来は一ヶ月は休んで良いのだが、そこはルキア自らが10日間でと断りを入れている。理由は…言わずもがな。
特に話し相手のいない本邸に、する事もなく一ヶ月も閉じ込められるなど今のルキアには耐えられそうもなかった。
それに…もうひとつ。いつもの終業後の休憩所でルキアが石田から一ヶ月の休暇と帰省を言い渡された瞬間の一護の表情の苦々しさが嬉しかったから。
きっと一護はバレないように取り繕ったつもりだっただろうけど、その拗ねたような不貞腐れた態度は、飼い主に置いていかれる犬のように見えて、ルキアは笑わずにいられなかった。
10日ほどで戻るからそう拗ねるな、とルキアが言うと、あからさまに安心したように眉間を緩ませるくせに「別にどっちでもいいけど」とそっぽを向く。
素直でない態度に少々呆れたものの、それすらも愛しいと感じる自分は盲目もいいところだと自嘲する。
(…別に、一護の事ばかり考えているわけではないぞ、私だって)
ルキアは使い慣れた自室のソファに腰掛け、義兄から贈られた流行りの詩集を流し読みながら、執事の所作を見るともなしに眺める。
(皆は今頃仕事をしているだろうな……一護も)
ふと思い浮かんだ仏頂面に頬が熱くなる。
(…別に、寂しいというわけではないのだがっ)
誰にともない言い訳を心の中で並べながら1人焦る。
「どうかなさいましたか?」
急に乱雑に冊子のページをまくりだしたルキアをいぶかしみ、ティーテーブルにモーニングティーを並べる執事が尋ねる。
慌てたルキアは「いや」と小難しい顔で取り繕ってみたが、それがうまくいったかどうかは甚だ自信がなかった。
(…どうも、駄目だな…浮かれてしまって…)
指先で頬を押さえながら取り澄ました顔で窓の外を見る。
灼熱の陽射しは影を潜め、翳る日が増えた。季節は秋を向かえつつある。
それでもまだ覚めやらぬ熱い胸の炎をルキアは持て余していた。
(落ち着け、私)
自分は栄えある朽木公爵家の要人だ。たかが1人の男のためにこんなに心中を乱していると察されてはいけない。
平静を求めて手の中のお堅い詩文を呪文のように唱えてみたが、それもやはり、熱を冷ます助けにはならなかった。
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