英国物語ルキア【完結】

□リクエストステージ「熱章」
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この世で初めて耳にしたのは銀器の触れる音。

それから自分の名。


『まぁ、美しい赤子ね、ウルキオラ』


高慢ちきな両親と、見栄っ張りな兄姉のもとでウルキオラは自慢の末子として育った。

シファーの名を汚さぬ美しく賢い子。

公爵家世継ぎの目付け役任命は虚栄を喰って生きる両親を狂喜させた。


(くだらない)


いかなるものも、知識という不動の事実の前には霞になる。

愛やら情やら絆がなんの意味を持つだろう。増して名声や財力など。

それらが普遍であった事実など、歴史上のどこにもないのに。








「そういうつまんねぇ事言うなよ、ウルキオラちゃーん」

「…」

悉く無碍にしているはずの昔馴染みは何故か懲りもせず、むしろ助長するような勢いで自分の周りに纏わりつく。

「なんだよ、無視かよ。つめてぇな…なんでお前俺にはそんなつめてーの?」

松本邸の一室、ウルキオラが執務する部屋の応接椅子にふんぞり返っているグリムジョー・ジャガージャック卿は、ぐるんと顔を逆さにして背後の書斎机で執務に励むウルキオラ・シファー卿を睨んだ。

「情に錯覚しなかったら、この世の繁栄はねぇんだぜ?少なくとも、芸術と文学は消えうせる」

たまに的を射たことを言う。それがウルキオラにとっては却って面白くない。

「…此処は俺の職場であって貴様の遊び場ではない。言ったはずだ。才能を腐らせる者に払う敬意はない、と」

「だから腐らせてねぇって!」

「煩い。私は執務中だ。とっとと帰れ。二度とくるな」

ぴしゃりと断じるウルキオラの冷たさはいつもの事で、グリムジョーは意に介さずに「喉が渇いたな」と独り言を呟く。

「…帰れ、と言っている」

どうしてここまで人の言葉を受け流せるものかと不思議に思いながらウルキオラは再度言葉を重ねた。

「そういえばあの新しいメイド、可愛いよな」

まったく、話がかみ合わない。

グリムジョーと話しているとき、ウルキオラはいつも自分の言語はどこか欠損があるのだろうかと混乱する。元より、グリムジョーほど自分に構いかけてくる人物などいないから、比べようもない。

「お、噂をすれば、だ」

大きな飾り窓の外にお目当ての人物を見つけたグリムジョーは、意地悪そうに笑い、窓の鍵を外す。

「ちょっと茶でも持ってきてもらおうぜ」

「よせ、今日は風が強い…」

ウルキオラが最後まで言い終える前に窓は開かれ、盛大に吹き込んだ新鮮な風が室内に積み上げられた書類を巻き上げた。
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