ゆらのと

□第二部 八、
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「ああ、アンタか」
そう銀時は返事した。
すると、お咲はにっこり笑う。
「ひさしぶり」
「ああ、そーだな」
「私、仕事が終わって帰るところなんだけど、近くだし、私の職場に行かない?」
「アンタの職場って、たしか……」
「甘味処」
それも人気の店だ。
「乗った!」
頭に好物である甘いものが次々に浮かび、銀時はお咲の提案に飛びついた。
「あのー…」
近くで声がした。
眼をやる。
さっきの娘が銀時を見ている。
銀時とお咲から置いてけぼりを食らって寂しそうな表情だ。
「私も……」
娘はチラッとお咲を見た。
それに気づき、お咲は娘に微笑みかける。
しかし、お咲はなにも言わない。
娘は眼をそらし、うつむいた。
「……なんでもないです。私は帰ります」
「そーかィ、気ィつけてな」
なるべく厳しくならないように、しかし優しくなりすぎないように、銀時は告げた。
娘は顔をあげて銀時をじっと見る。
だが、少しして、あきらめたように眼を伏せ、きびすを返して去っていった。
「じゃあ、行きましょう」
お咲が明るくうながした。
「ああ」
うなずくと、銀時は歩きだした。
お咲と肩を並べて歩きながら、自分がほっとしているのに気づく。
「……アンタさァ、あの娘に勝てる自信があったんだろ」
さっき、お咲はあの娘に微笑みかけただけで、なにも言わなかった。
あの娘が銀時と一緒に居たがっているのを、銀時と一緒に甘味処に行きたがっているのを察していただろうに、誘わなかった。
微笑みだけで、あの娘を引き下がらせた。
自信がなければできない芸当だ。
もっとも、それが一番、角が立たない方法なので、銀時としては助かったのだが。
「ええ、伊達に歳をとっていないもの」
さらりとお咲は言う。
「亀の甲より年の功よ」
「いやいやいや、なんかソレ違うんじゃねーか。てゆーか、そーゆーこと言うの、アンタには合ってねェ気がするんだが」
見た目だけなら、楚々とした美人である。
しかし、口を開くと、その印象が音をたてて崩れ去る。
「そう? 別にいいんじゃない」
お咲はまったく気にせず、朗らかだ。
おもしれェ。
そう銀時は思った。
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