ゆらのと

□第一部 三、
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「銀時」
眼のまえに立ちふさがるようにある戸の向こうへと、桂は呼びかけた。
反応を待つ。
しかし、家の中からはなんの音も聞こえてこない。
その代わりのように、風が吹き、甘い香りがふわりと漂ってきた。
酔いそうな、強い香りだ。
ついその香のほうに眼が行った。
庭で、金木犀が濃い緑色の葉の上に鮮やかな橙色の小さな花を星のようにいくつも咲かせている。
松陽が植えた樹だ。
庭には金木犀以外にも木々が植えられている。
植樹は趣味のひとつだった。
それを桂は思い出す。
しかし、松陽のことを語るとき、すべて過去のことになる。
松陽はもういないから。
死んでしまった。
それも、処刑されたのだ。
危険な思想犯として。
松陽は攘夷を唱えていた。
だが、それは天人の存在を頭ごなしに否定するものではなかった。
天人の持つ技術には眼を見張るほど優れたものがあり、そうしたものは積極的に取り入れるべきだと考えていた。
そして、技術を取り入れるだけではなく、天人と友好的につきあうことも考えていたらしい。
だだし、それは、対等な立場であればの話である。
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