過去短文

□メランコリィラブ
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何度も何度も繰り返すは浅はかで無意味な交わり

チリンチリンとぶつかり合うピアスの音を聞く度に溢れ零れる滴を、まるでその行為に酔いしれているが為のように自らを惑わせた

頭の片隅心の奥底で固く凍り付いた思い、凍らせた意を決して忘れないように、涙の理由がいらぬ感情のせいではないと言い聞かせて

固く結んだつもりの口から余計な音が漏れないように強く強く出口を閉ざした


『こら、噛むんじゃねえ』

低い声が、熱い息を抑えるように囁きかける

俺を組み敷く男はゴツゴツした指に似合わない優しい仕草でそっと唇をなぞり、歯で切り裂いてしまった傷口を舌で舐めあげた

ズクズクと身体を這う感覚を不快だと言い聞かせて、なのに油断すると今にも甘い息が漏れてしまいそうで嫌気がさす

『余計なこと、してんじゃねえ』

呟いた瞬間に交わった視線、その瞳は睨み付けるというよりは懇願に近い

分かっているはずだ、優しく頭を撫でる手も強く胸に閉じ込める行為も甘く痺れる口づけも、全部、俺たちには必要ないものだろう?

ただのごっこ遊びのような俺達が恋人の特権である行為をマネるのはルール違反で、きっと道徳の教科書では悪役として登場するはずだ

先生は笑顔で俺達を間違いだと否定して、生徒は俺達の行為を悪いことだと学ぶんだ

悪人は裁かれるのが当然で、神様とやらが罰をあたえるそうで

そんなものを信じているわけではないけれど

俺達はきっと、幸せになんてなれないんだろうなって、そんなことはずっと前から知っていて

あいつが真夜中、仕事を終えた俺の元へきて首筋に歯を立てる度にこれが最期になるかもしれないということを忘れないように、こいつとの関係を勘違いしてはいけないと何度も俺に忠告する

冷めていく心、それでいい、天井を見つめる目は何も期待しなくていい、してはいけない


明日には別々の人生を歩んでいても笑ってその手を放せるように

いつか俺たちの関係を若かったからななんて言って笑い合えるものになればいい

もし遠い未来、俺たちが同じ世界にいることすら叶わなかったとしても、互いを思い出した時に胸温まる思い出を笑顔で語れるようになればいい


 
それを望んでいるはずなのに、裏腹にそう願う度何故か痛む胸、訳が分かんねえと耐える顔はぐしゃぐしゃに歪んで、理解できない心ははがゆくてもどかしくて

我慢できず声を出さずに涙を流す俺を、冷たく見つめる俺

自ら絶望を味わう必要はない

悲しみに壊れると分かっている期待を大切に抱き続ける必要はない

(その想いこそが、自らの気持ちであることすら気付けないで)

全てを捨てて、何も怖くない世間知らずのフリをして都合の良い相手と気持ちいいことを楽しめばいい、それくらいの軽さで調度いい、重ければそれだけ落ちた時の衝撃は大きいのだから

そんな関係が調度いい

特別になんてするもんか

一人の夜に、血迷い泣きじゃくりながら呟いた俺は消してやる

ゾロが、スキダヨ

(そんな想いを抱く俺なんてニセモノだ)




『おい、よそ事考えてんじゃねえっ』

『あ…っ?じゃあ、何考えろってんだ…っ』

『集中しろよ…っ!』

『は…っ、気持ち良くして、やってんだろうがっ…それ以上…何口出ししようってんだよっ!』


いらぬ欲を吐き出すための関係、それ以上を互いに望んではいけない

永遠に一緒にいることなど、不可能なんだから

『何なんだよ…てめぇは!!』

『あっ、…っんだよ…っ』


怖い顔をした男は俺の身体を折り曲げて、がつがつと奥深くまで突き上げる

俺さえも触れたことのない場所

奥底に隠した凍った想いを探しだし溶かされてしまうんじゃないかと震え逃がれようとするが強く掴まれた腰はピクリともしない

人を殺してしまいそうなおっかない顔なのに、今にもその顔が泣き出しそうな気がして

『…っゾロ…?』

『……っ』

分かりやすい、俺達の癖

伝えたい本当の言葉が分からない

自分自身ですら、分からない

それでも音となりこの世界に生まれようとする言葉に怯え、無意識に唇を固く閉ざす

(そんな悲しい面で、何を隠している?)

お前程の男が、何を迷うというんだ

いつもからは考えられない弱さ、儚さ、

俺にだけ、見せやがるから…切ない愛しさを感じるわけで


ああ、キス、してえな


休むことなくぶつけられる欲

覆いかぶさる男に必死に手を伸ばして、その頬を包む

じわりと伝わる温もり

猫のようにその手に擦り寄る奴の表情は少しだけ柔らかくなって

掴まれ床に押し付けられた反対の手首は溶けてしまいそうに熱くて、心地好くて

 
(いっそ全てを、自分のものにしてしまえたなら)


刹那に頭を過ぎるのは罪悪の思い、頬に触れた手に幾分力が入る

指に絡まる金色、三連のピアスがチリンチリンと音を立てた

現実に引き戻される、勘違いするなと


胸が痛む、張り裂けそうに

ヒッと喉が震えたのをきっかけにまたあふれる滴

急いで下唇に歯を立てて、悲しい音を閉じ込めた


『噛むなって言ってんだろっ』

『…る、せぇっ』

頬から放した手を自らの顔へ

腕で目を覆って顔を逸らした


不意に止まる動き

掴まれた手首、ギシリと音を立てる程強く握りしめられる

何事だと様子をうかがうと、逞しい身体が覆いかぶさった

奴の重みを全身で感じて、心地良さにとろけそうになる

耳元で囁く音、こいつに似つかわしくない悔しそうに搾り出される声

『言いたいことあんなら言やぁいいじゃねえか』

『あ…っ?』

自分のこと棚に上げて、どの口がほざきやがると心ん中でつっこんでやる

反論してやりたいのに、こんな寂しそうな顔するなんて卑怯だ

『隠さねーで、泣きゃあいいじゃねえか、そうすりゃ…俺はお前を、』

『ぞ…ろ…』


『…っくそ!信じろよ!!』

怒りのような、悲しみのような、複雑な顔をした奴は再び力強く俺を揺さぶる

激しく揺れる身体、悲しい旋律を奏でるピアス


早く明日になればいい

(明日なんてこなけりゃいい)

二度とこんな夜などなければいい

(この夜で、時が止まってしまえばいい)


『ゾロ…っ、ぞ、…ろ』

『…コックっ』


(スキだ)

二人の頬に伝ったのは、汗か涙か…

互いに噛み締めた唇が、一番大切な音を閉じ込めた


END

 

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