CRAZY DROP

□A
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昔、関係を持った男に聞いたことがあった


誰も見たことがない、けれどここまで落ちぶれた連中なら誰でも知っている、馬鹿は目を輝かせて言った、伝説の奴らだと


私たちよりも深いところで、笑いながら人を殺すイカレた連中がいる、馬鹿は憧れの眼差しで言った、きっと化け物のような奴らだと



CRAZY DROP


地獄よりも深い…誰もが知らない暗闇に狂い落ちた奴らがこの世界のどこかにいると


誰も見たことがないのに、どうしていると言えるのだと、半信半疑だった存在

あまり興味があるものでもなかった



だが今私を車に乗せどこかへ向かっている男が笑いながらその名を名乗った時、興奮気味に私に教える男の話を鮮明に思い出した


高級外車は綺麗な夜景を窓に映しどんどんと裁きの場へと近付いていく


ああ、私は殺されるのだろうか
この男に

狂った連中に



『CRAZY DROP…』


男の後ろ姿を見つめながら、思わず呟く


んー?と気の抜けた返事をする彼は私とそう歳が変わらないように見え、とても凶悪な奴だとは思えない


『何?俺達のこと知ってんの?とと、そういや自己紹介もしてなかったな、失礼失礼、俺の名前は001、エースでっす』

今後ともよろしくお願いします、よろしくする今後があればね、と、そう呟いた男は何が楽しいのかケタケタとはしゃいでいる

『私…どうなるの?』


『どうなると思う?』


『…殺すの?』


『はは、よくお分かり』



この男、どこまでが本気なのだろうか

全て、本当?

それとも初めから嘘?



信号で止まって、運転席から振り返る

じっくりと私を見て、彼はまた無邪気な笑顔



 

『でもそれを決めるのは俺じゃない、俺達のボース』


『…ボス?』



気狂いの人殺し集団のボス

私は今からそいつの前で裁きを受けるのだろうか

一体どんな、残酷な死を強いられるのだろうか



頭の片隅で、ぼーっと思う



窓の外に映る夜の街


皮肉にも車は居心地よく揺れる

手の平には憎い男の汚い赤が着いていて


ぐるぐるぐるぐる、世界が回る

自分が醜い人間に思えてくる


ネズミだらけの汚い路地裏が似合っているのは自分ではないかと笑えてきた


窓の外


必死に光って綺麗であることを主張しているその景色はなんて滑稽


なんの未練もない、大嫌いなこの世界


別にもう、いいか

もう、死んでもいいか


だって考えるの面倒臭い

もう生きるの面倒臭い




 


独り

冷たい

真っ暗

痛い


ここにいようが地獄にいようが一緒じゃない



少し多めに空気を吸って、ゆっくり長く息を吐いた


抵抗も命乞いもする気はない



そんな私の様子を背中で感じとった運転手は変わらず軽い声で笑っていた



『諦めたの?助けてもらえるかもよ?あんた美人だし、頭よさそうだし…ボスそーゆー人に弱いから』



あはは、その言葉に何だか脱力

なんだ、伝説の存在といっても所詮今までの男と何も変わらない

どうせ私が色目を使うと鼻の下伸ばして貪りついてくるんでしょ?

気があるフリをしてやるとすぐ喜んで尻尾を振ってくるんでしょ?


結局人間、怖くなんてないわ




 


『ただね、あんたが余計なことしてくれたおかげで俺は今回の仕事、言っちゃえば失敗だったわけ…もしボスが二択にするなら、俺はあんたを殺すから』


『どんな二択?』


『仕事の邪魔をしたあんたが死ぬか…仕事を失敗した俺が死ぬか』


『…なるほどね』


『俺ね、まだ死にたくねーの…まだあの子のそば離れるわけにはいかねーの』


『…よく分からないけど…その場合は殺してくれて結構よ』







車は走る、心地好く


夜は深まる、残酷に


真ん丸と空に浮かぶ月が、私を見下ろし悪魔の笑みを浮かべている


月の笑い声、否 これは運転手のもの


先程から妙に頭につく笑い声



『お互い、生きていられることを願いましょっか』




END

 

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