CRAZY DROP
□CRAZY DROP@
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お母さん、お姉ちゃん、
起きて、起きてよ、ねえ起きて、
(それは幼い少女の呟く言葉としては、あまりにも悲しいものでした)
私たちを逃がして死んだ、残酷な母
私を押し入れに押し込んで死んだ、残酷な姉
揺すっても揺すっても、呼んでも呼んでも呼んでも
どうして?
私から全てを奪った男
もうここにはいない、私の大切なものを奪った男
憎い憎い憎い憎い男
何故私たちがこんな目に合わなければならなかったの
何故私だけが助かってしまったの
脳裏に浮かぶ、憎い男
堪え難い悲しみを隠すことなどできなくて、
身寄りなき者たちが集められたそこでどれだけ同情されてもどれだけ優しくされてもどれだけ愛されても決して消えることのない殺意と復讐の念
許さない、絶対に
それだけを胸に…私はどれだけの日々を過ごしただろう
『お母さん、お姉ちゃん…終わったよ…』
その時私は、死んでもいいと思った
18歳最後の日、私の目の前には赤黒い塊が転がっていた
10年前に、私から大切なものを奪った男…
忘れたことなどなかった
押し入れの隙間から見たこの男の顔を
殺してやろうと思った
笑いながら残酷に命を奪ったこいつを
あんたの情報を手に入れるために、何度危ない奴らと関係を持ったか
何度意味のない動物の愛情表現を繰り返したか
喜びも笑顔も全部全部なくして、
それでも全てはこの日のために…
暗い暗い路地裏
カサカサカサカサ、耳障りなネズミたち
あんたにはとても、お似合いよ
くるり
かつかつかつかつ
少しずつ、明かりだらけの夜の世界が顔を出す
頭が泣きたいと指令を出すのに、従わない身体
すべてが、空っぽになった
生きる意味が、全てなくなった
もうずっと前に追い出された小屋
帰る場所などあるはずもない
帰りたい場所なんて存在しない
あるとすれば、大好きな二人がいるあの場所だけ…
否
(こんなにも汚れた私を…二人が待っていてくれるはずがない)
嗚呼、気が付けば…
私には本当に、何もない
かつかつかつかつ
笑えない涙も出ない
別に嬉しくない悲しくない辛くない
なあんにもかんじない
まるで、人形
壊れた人形
それでもいいかと思った
このまま汚らわしい人間でいるくらいなら…何も感じない人形になった方がずっとマシだ
かつかつかつかつ
上手く頭が回らない
構わない、このまま壊れてしまえ
それは私の、最後の願い
罪深き私の願いなど、聞き入れてもらえるはずがないというのに…
『あららのら』
静まり返る空間に突如響く、間の抜けた声
何が起こっているのか理解できず、一歩遅れて跳ねる心臓
『ちょっとー、困るのよおねーさん勝手されちゃあ…』
『っ!!!』
突然聞こえた声
後ろからのそれ
楽しそうに、くすくすくすくす
思わず振り返る…
背筋が凍った
行き止まり、死体、男、人一人分の通路、私
この男は、一体何?
私を見つめる男はこの場に似つかわしくない笑みを向けている
その口は参ったなーなんて、あまりにも軽い
私の殺した男の側で…その死体を見つめて、また視線がぶつかった時、私はすでに人形から醜い人間へ戻っていた
『この人さー、俺らのターゲットだったのよね〜…ボスが綿密に作戦考えてさぁー…あ〜ん、サンちゃん怒るかなぁー怒ると怖ぇーんだよなぁ』
ペラペラと言葉を紡ぐ目の前の男に、私の身体は動かない
語りかけるように、独り言のように、この異様な空間で薄ら笑いを浮かべながら
冷や汗が流れていく
全てを失った私の頭が『怖い』と伝えてきた
かつかつかつかつ、かつん
目の前に立った男
目が逸らせない
覗きこまれる顔
笑う口、笑わない、瞳
『へぇ、逃げないんだ…いい子だね』
捕まれた腕
振り払えない
『とりあえず、俺と地獄デートする?』
にこりと笑った男に逆らうことはできず、私はゆっくりと目を伏せた
その様子を見た男は満足そうに頷くと携帯を取り出して、しばらく…耳に当てた
『こちらCRAZY DROP001、任務…一応完了?』
END