05/19の日記

21:25
空へ続く螺旋階段※
---------------
―もっと高くまで。



「振り返ってはいけないよ」


あの日から

ただひたすら階段を上り続ける。



9才までは


手をひいてくれる人がいた。


一緒に

一段一段

ゆっくりと上っていった。


時には休憩もした。



10才になった夕暮れ時に


母が私に言ったんだ。


「もう大丈夫。あなた一人でゆきなさい」


初めて離した手。



私の背中を押す。



不安げに振り返れば、


母は悲しそうに笑っていた。


「だめ。振り返ってはいけないよ」


私は一つ頷いた。
母も微笑み頷いた。


そして一人で
上り始めたんだ。




24の夏。
心地よい風。
夕暮れ時。

私はふと
思い出す。
足が止まり。
時が巡り。

あの暖かい手を。


一度零せば
止まらない。


思い出が駆け巡り
ぐるぐると
ぐちゃぐちゃと
私を縛る。


振り返ってはいけないよ


わかってるんだよ

でも、

今まで誰にも
逢ってないの。

上る階段を間違えた?

どんなに上がり続けてもまだ先がある。


屋上はあるの?
行き止まりすらないの?

今から引き返したら

振り返ったら

階段を駆け降りたら

誰かに…
母に逢える?
新しい階段を上り直せるの?

もういいよね?
振り返っても。


私は

振り返った。



私自身が止まった
世界が止まったように感じた。


長い長い螺旋階段。

下を見れば、
振り返れば、


高い高い位置に私はいた。

こんなに上ってきたんだね。


そしてまた
私が固まる。

ゆっくりと

今まで上がってきた階段が、道のりが
一段一段
砂の様に崩れていく。

じわじわと。

きっとスタートしたあの日から。

ずっと規則的に。


じゃあ母が立ち止まったあの段は。

きっと何年も前に砂となった。


絶望と同時に恐怖。



私は何を立ち止まっている。

はやく、はやく上がらなきゃ。

足元の階段が消える前に。


必死になって駆け上がる。

嫌だ嫌だ。
消えたくない。

今まで何をしていたのだろう。
のんびり休憩なんかして。馬鹿みたい。
もう二度と振り返らない。ただひたすら走る。


32の春。
私は知った。

きっと母も振り返ったんだ。

そして恐怖した。

だから私にも振り返るなと。

知らないほうが幸せだから。




41の秋。

私は娘に言いました。

「もう大丈夫。あなたひとりでゆきなさい」


「振り返ってはいけないよ」


娘は頷き歩み出す。


その背中に手を振って、見えなくなるまで見つめ続けた。


私もね24のあの日から振り返ってはいないんだ。
母もきっとそうだった。
引き返したいと思ったって無理なんだ。
階段は崩れさる。
例え駆け降りたとしても過去には戻れない。

原点の生まれた日を見つめるだけ。
見つめるだけ。
触れられない。
やり直せない。
立ち止まっても
意味なんてない。


時には休憩も
必要だけれど。
振り返った瞬間
休憩なんて馬鹿らしくなる。


今だって振り返らない。

もしかしたもう私の後ろに階段はないのかも。

次の瞬間には砂になってしまうかも。
私はもうすぐ死ぬだろう。

なんだか不思議な気分だ。

悪くない。
もう上がる必要も無い。逃げなくていい。

最期くらい
余裕を持って。


ああ夕日がキレイ。

私は
てすりに足を乗せ


勢いよく飛び降りた。




end

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