Our idleness
□だから世界は今日も泣く
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「教習所、明日からだっけ」
ソファーで文庫本を片手にミルクティーを飲んでいると、キッチンから美佳子さんが大きめの声で言った。
僕が彼女に目を遣って「そうだよ」と答えると、ちょうど洗い物を終えたらしい彼女は水道を止め、タオルで手を拭きながら近付いてきた。
「土曜日だからなぁ、もしかしたら混んでるかも」
「そうなの?」
「ほら、この時期って進路の決まった高校生が結構来るのよ。大学行く前に、就職する前に免許取っておこうってね」
美佳子さんは立ったまま僕を見下ろして、軽く首を傾げた。
右耳の下で一つにまとめられた黒くて長い髪が、彼女の細い肩を滑るように垂れる。
「みんな考えることは同じなんだね」
僕はそれだけ言うと、また手元の文庫本に目を落とした。
美佳子さんはしばらく黙ってその場に立っていたけれど、こちらに会話する気がないことを察してくれたようで、「お風呂入ってくるね」と言ってすたすたと去っていった。
そんな彼女の後姿にちらりと目を遣って、僕はぱたりと本を閉じた。
高校生ともなれば、カップルなんて学校にゴロゴロいる。
誰もが相手を「好き」な気持ちをその体いっぱいに湛えていて、とろけそうな瞳で相手を見つめる。
僕の恋に幸せな結果が出たことはないけれど、たぶんそれがお互いを想っている証なのだろうと思う。
じゃあ、父さんと美佳子さんはどうか。
二人はとても仲良く見えるけれど、そういう意味でお互いを「好き」でいるのかといったら、どうもしっくりこない感じがした。