私とかみさま

□第十四話 私と敵
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皐さんに与えられた簡素な部屋で、私は窓越しにまだ明るい空を見上げた。皐さんを神にする為の儀式は今夜執り行う予定であり、よって見ての通りまだ時間はある。しかし、早めに、そして念入りに準備をしておいた方が良いだろう。いくらトラップや強力な呪符を用いようと、相手が続さんであるかぎり油断はできない。一年とはいえ、その強さは傍でずっと見てきた。

立ち上がり、儀式場所へ向かうべく部屋の扉を開ける、と。

「お。やっほ、久しぶり。今入ろうとしてたところだっ」

脊髄反射で扉を閉め……たかったのだが、目の前の男の靴が障害物となってそれは叶わなかった。茶色の革靴をじとりと睨み、嫌々視線を上げる。

「何か御用でしょうか、日向さん」

そういえば日向さんはアルカナに所属していたのだったか。ならばアルカナと手を結んでいる皐さんへの伝令役かなにかで、皐さんの根城へとやって来たと見るのが妥当だろう。そしてそのついでで私にちょっかいでも出しに来た、と推測する。

「うっわ、嫌われてんなあ、俺」

可笑しそうに笑われて無性に腹が立ったが、彼には何を言っても逆効果なので頑なに口を閉ざす。すると彼はふっと笑みを引っ込め、少々真面目な顔で、しかしシリアスモードに入ったにしては軽い口調で尋ねた。

「君、今夜死ぬ気だろ?」

そりゃ強い拠り所となっていたあの日の記憶も捏造であると判明し、あの日意図せずとはいえ私を助けてくれた皐さんは私を最初から最後まで捨て駒扱いで、大事な人だった続さんとは現在敵対関係ともなれば、命を絶ちたくもなる。まあ、それでも皐さんに精一杯奉仕し、私という存在を認めてもらいたいので、進んで自害をしようとは思わないが。

「なんだか覇気がないよ」

そんな複雑な胸中をありのままに吐露する意味も義理もないので、いえそんなことはありませんが、ととりあえず否定する。

「うーん、じゃあ無意識にかな」

先程から日向さんの発言の意図が全く掴めずに心中で首を傾げた。まあこの人が遠回しな台詞を好んで多用するのは今に始まったことではないが。と、日向さんがドアを押し退け、私の部屋に入ろうとしていることに気付き焦って静止を呼び掛けるも、それは彼の耳を右から左へ流れたようでずかずかと我が物顔で闖入してきた。「…………」これ以上退出を促しても意味はないだろうと即座に諦める。はあ。

「君はさ、皐の命令があれば続を殺せるのか? ああ、可能か不可能かの話でなく――たとえば続が絶体絶命の状態で、ただの人間にもあっさり殺せるほど弱っていたとしよう」

彼は部屋をぐるりと見回しつつ部屋の中心まで入ると、体ごとドア付近にいる私を振り返り、少々大仰な仕草で訊いた。

「君は、続を殺せる?」

「はい」

即答した。途端に彼は真面目な相貌を崩し、少し同情の色が混じった淡い赤銅色の眼で私を見る。

「……ま、そうは言ってみても君、今夜殺されるよね」

「その可能性は高いですね」

「皐が君に再度あの神の遺産を使って自分に服従させたのだって、どうせ君へ好意を寄せてる続への嫌がらせだろ? そんなことへの為に君は死んじゃうわけだけど、御感想は?」

「皐さんの為なら、この命惜しくはありません」

「ま、神の遺産を使っただけのことはあるか……。使ったばかりなのもあって、今のとこ効力は十分に発揮されてるね」

そんな風に観察するような眼で見られると居心地が悪い。ただでさえ、思考がさっぱり読めない日向さんはどうにも苦手なのに。手早く話を終わらせてくれという意思を暗に伝えようと、若干刺々しさを孕んだ声音で言った。

「話は、それで終わりですか?」

「いいや? まだ、一番大切な用事が残ってる」

「早く済ませてください」

はいはい、と日向さんは肩を竦めて私の眼前に手を翳した。不審に思ってその指輪が複数嵌められた手を見つめていると

「『発』『誘眠』」

呪符をその手に形成し、唱えた。明らかにこちらの意識を消失させる術の文句を。直後にぐらりと世界が揺らぎ、膝をつく。唇を噛み締めて抗うが、世界の歪みは増していくばかり。呪符を取り出して反撃を行う余裕もなかった。

「君が死ぬ前に、ちょっとしたいじわるをと思って。……なんてね」

ああ、くそ。味方だからということとは無関係に、この男には徹頭徹尾注意をしておかなければならなかったのか――と日向さんへの警戒レベルを上げようと決心したところで意識が暗転した。







いつまで立っても指定場所にやって来ない私を不審に思い私の部屋を来訪した桃瀬さんに叩き起こされ、叱り飛ばされて急遽準備をし現在私は一人で正門前に立っていた。暇を持て余しているのと、嫌でも自然と思い出して腹が煮えくり返るので思考しよう。

議題は勿論、一体日向さんの目論見は何だったのだろうか、だ。私の身体に何かしたのだろうか。彼が私に何かすると言えばセクハラくらいしか浮かばない……しかし、彼がそれを本気で敢行しようとしたならば私の意識を奪うのではなく身体の拘束ではないか? 反応のない相手にそんなことをして愉悦に浸るというよりも、意識のある状態で肌に触れその反応も楽しむ人ではなかったか。まあ相手が日向さん故単純に私から今夜の準備をする時間を奪うという地味な……しかし十分私にとって効果のある嫌がらせであるとも考えられる。

現に、今私を照らすのは月明かりだけという静寂を謳歌する時間帯となってしまっていた。先程まで桃瀬さんの金切り声を散々浴びていたのが嘘のようで、風が遠くの木々を僅かに揺らす音でさえしっかりと鼓膜に届いた。そして、それが目の前の敵の足音なら尚更。

「貴方なら、正面から来ると思ってました」

「よお裏切り者。神の遺産奪取ついでに始末しに来てやったぞ」

土を踏みしめて綺麗な髪を満月の下でなびかせ、続さんは大胆不敵に現れた。今にも闇と同化しそうな花村さんも一緒だ。日本刀を抜き、鞘を後ろへと放り投げ、花村さんが受け取る。続さんは睥睨の視線とその刀先を私へと向け、居丈高に続けた。

「言っておくが、俺からのお情けとか期待すんなよ。俺はお前よりも聖戦を――俺が神になることを取る。その障害になるなら躊躇なく殺すぞ」

「ええまあ最終的にはそうなるでしょうね。皐さんはその情とかにかなり期待していたようですが……私ははなからそんなの無理だと分かってましたよ。でも、だからといってただで死ぬわけにはいきません」

どうしてこうなってしまったんだろうと私の中の誰かが嘆いた。その誰かは踞りただ泣いて、続さんを求めて必死にもがく。だけど押し込められ閉じ込められたその無機質で堅牢な檻はゆすっても叩いても微動だにしない。悲劇のヒロインを気取った愚かで無力なそれを他人事のように見る私。未だ泣き叫ぶ誰か。『ただ私は、』一瞬、頭に鈍い痛みが走り、心臓も共にずきんと強く収縮した。


「皐さんの為に、全力で邪魔したいと思います」


貴方の傍にいたいだけだったのに。
 

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