私とかみさま

□第十二話 さよならかみさま
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「…ま、誰かの手下だろうっつーっことも神の遺産が使われてることも、最初から分かってはいたがな。お前に皐が一年前に入手した遺産について調べさせた後、もしかしたらってことで花村と俺とでこっそりその情報収集をし続けてたら、ようやく数日前に皐の入手した遺産の効力、名称……そしてそれが一年前にお前に使用されたってことが分かった 」

私が、皐の、駒?
何を言っているんですか。貴方は、いったい、なにを。

「たぶん、いやほぼ十割で、その遺産がお前に使われてる。記憶改竄と思考操作が可能な、けどもともとそれほど頑丈なものじゃなかったみたいで、老朽化とか過去に乱暴に扱われたり穢されたりで力がかなり衰えてる遺産だ。それが、事故か何かでお前に使用された」

私が貴方の敵なんて、よりによって皐なんて。嘘。うそ、うそ、うそ!
覚悟はしていた筈なのに、実際にこうして事実を、現実を突きつけられると、こうも、くるものなのか。
ああ、あたまが、いたい。

「目的は、スパイ活動だろうな……まあ、元が事故だろうから仕方ねえけど、お前みたいな一般人が俺のところにうまく潜入するなんて、そんなもんの成功率なんざ低いし、……実際一応は成功してっけど、最初からスパイかそのたぐいだとは分かってたしな……捨て駒みたいなもんだろ」

「もう少し言葉を選んだらどうですか、続」

気付くと、花村さんは辛そうな私を見かねてだろうか、私の右後ろへと移動している。……少し、ホッとした。

「そこまで分かっていたならどうして、私を傍に置くことにしたんですか」

次第に痛みを増してゆく頭痛を堪えながら、私は必死に震える声を絞り出した。本当に訊きたいことは、そんなことじゃないのに。

「お前から微かに神の遺産の気配がしていたからな。どんな遺産がお前に使われているのか、興味が湧いただけだ」

『貴方はこれから私をどうするつもりなんですか』
『もう私は貴方の傍にはいられないんですか』
本当に問いたいこと。だけどその答えなんて、とっくに私の中で答えは出ている。全てが判明した今、スパイなんて傍に置いておく意味なんてない。敵なんだから、きっと殺すつもりなんだ。そのことを引き延ばしにしようとしていたことが、私への親愛の現れだったのだろうか。そうだとしても、これからの私の処遇までをも続さんのその感情に期待することは、不機嫌そのものである続さんの態度から鑑みるに、希望は薄そうだ。それがとてつもなく、ショックだった。

「待って、ください」

ひどくかすれた声だった。

「なんだ」

「……お、お願いします、なんでもしますっなんでもしますから! 私を、貴方のそばに居させてください……!」

思わず立ち上がり懇願する私を見て、続さんは、まだ足掻く私を見苦しいと感じたのか、それとも私のその発言が遺産の効果によるものだと思っているのか(否定は、出来ないが)、もしくはそれ以外の理由なのか、尚一層機嫌を悪くしたように眉を寄せ、眼を鋭くさせた。

「そもそも、なんでお前はそう思うんだったっけ?」

「貴方が一年前、私を助けてくれたからです。だから、私は」


一年と少し前、私は永遠に続きそうな退屈な日常にうんざりとしていて、それは仕方がないことなんだと分かってはいても、心の中ではいつも『誰か』を求めていた。私をそんな日常から非日常へと連れ出してくれる存在を。つまらない私を変えてくれる存在を。完全なる他力願望だし、そんな存在なんていないと、いたとしても私の前なんかには現れないだろうとも思っていた。

そして、そんな時に貴方が現れた。

私がかつて憧れた小説の主人公のような理想的な、憧れの助け方。夢見がちだと笑われても構わない、私はきっとこの人が私が渇望した存在なのだと歓喜し、そして強烈に貴方に惹かれた。恐ろしい体験をしたのにも関わらず。だから、私は。

貴方のそばに、居たいと。

「お前に使われた神の遺産は、記憶の改竄が可能っつったろ」

一瞬、息が止まった。
続さんは何を言おうとしているんだろうか。いやでも、そんな、まさか、まさか!



「俺は、お前を純魔族から助けたりなんかしていない」



……な……ならあのときわたしをたすけてくれたのは

ぐらり、と視界が歪んだのは頭痛だけのせいではないだろう。

まさにナイフで胸を抉られる感覚だった。糸が切れたようにその場に崩れ落ちかけた私を、花村さんが私の両腕を掴んで支えてくれたが、私の頭痛はおさまるところを知らない。眩む視界と鈍い頭の痛みと共に、大切に大切に胸に秘めていたあの日の記憶が、歪んで、滲んで、崩れてゆく。

あの日、体を小刻みに震わせ、悲鳴を上げることさえ出来ず尻餅をついた私と、そんな私に背を向け、純魔族に立ち向かって行く続さんの姿が、不安定に揺ら、いで、いっ、いやだ、消えないで! 消えないでよ! っあ、ああ……! 続さんの目が、

あか、く……。


…………。


記憶の中の続さんの姿が、あっという間に皐に取って変わられてしまった。


「…………」

頭の中が真っ白で、まるで全ての『私』を構成する事物が失われてしまった気分だった。

「その様子だと、本当の記憶を思い出せたみたいだな。……で、お前をこれからどうするかだけど」

「……!」

呆然自失からハッと我に帰り、咄嗟にその場から逃げ出そうとした。聞きたくなかったからだ。続さんの口から、私を殺すなんて言葉だけは。しかし、その行動は花村さんによって阻まれた。私を支えるために掴んでいた彼の両手によって……いや、違う、これは、最初から花村さんは私を心配してではなく、私を逃がさないために近くへ――。

……私は、気付くと全力で花村さんの腕を振りほどき突き飛ばして移動用の呪符を素早く取り出し、それを発動させるための言葉を喋っていた。

「そ……『送』ッ!」



「なっ、待て! 名前、っつ……!」

二人とも私がまさか呪符を取り出してまで逃走を図ろうとは思っていなかったのか、花村さんは私の転移を止めそこね、そして続さんは急に動こうとして傷に障ったのだろう、痛ましい声が聞こえた。一瞬なにもかも忘れて駆け寄りかけたが、そんな立場に今私はないことを思い出して、……涙を溢しそうになった時。

二人の姿が、私の前から消え失せた。







今にも泣き出しそうな空だった。聖戦の時にはあんなにも大きくて、存在感溢れる堂々たる月も、黒に近い灰色で巨大な雲が空を占拠しているせいで見ることが出来ない。

静寂が支配する住宅街。
月光に照らされることもなく、等間隔で置かれた電柱のほの暗い人工的な光の一つ、その下で、私はコンクリートの壁にもたれて踞っていた。雑然とした収束のつかない思考の中で、断続的な頭痛と共に脳裏にちらつくのは、淡々と話す、酷薄ささえ伺わせる続さんの顔。

彼に冷酷な一面があることは分かっていた。だから、いつ切り捨てられてもおかしくはないと覚悟もしていた。けれど続さんと共に過ごすうちに、仲良くなったと錯覚し、少しくらいは信頼してもらっていると誤解したせいで、私の精神はかなり揺さぶられたようだ。馬鹿としか言いようがない。ああ本当に、馬鹿、馬鹿、馬鹿、死ねばいい。

その時、山ほどある問題の中の一つの解が浮かんだ。
『これからどうしよう?』
もう、逃げてしまおうか。その問いの解を先刻浮かんだものにすれば、自動的に他の問題は答えられなくなる。考えずとも、もう私には関係がなくなる。……なんて無責任な考えが浮かぶ。普段ならこんな考えは浮かばないのに。なんて言い訳か。でもそうすれば続さんも、私のためにわざわざ手を汚さなくてすむ。いや、それはちょっと違う。私がただ、続さんにだけは殺されたくないだけだ。続さんが私にあの日本刀を振り下ろし、私を敵と同様に殺す姿を見たくないだけだ。

自暴自棄な思考を少しの間だけ停止し、なんだか暗くなったような、という違和感に顔をあげた時。



血のようなと目があった。



 

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