私とかみさま

□第十一話 かみさまからの話
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「随分良くなりましたね」

続さんの、夕食をとり終えて満足気にソファーに寝転がっている姿を見て、私は小さく笑んだ。
あのすぐにでも出血死してしまいそうだった怪我は、さすがにまだ胸や腹部などの包帯は取れないし、左腕と右足には常時ギプスが義務付けられているものの、かなり治癒していた。あそこまで滅多刺しにされれば、普通の人間ならばとっくに死んでいるだろうに。純潔天使だから、普通の人間よりも治癒力が高いのかもしれない。

「さっさと完治しやがらねえのが気に入らねえけどな」

「そうですね。……でも、続さんが死ななくて、本当に良かったです……!」

「何回言うんだよそれ。この俺様があのくらいで死ぬわけねえだろ!」

「そうですよね! 続さんですもんね」

「その通り!」

そんな会話を交わしつつ、続さんがくつろいでいるソファーと机を挟んで置かれている同形状のそれに腰を下ろした。


……続さんが生命の危機に瀕したとき、もしも彼が私を術をかけて操っているならば、死んでしまえば術は解けるのでは。と実はそんな打算もちらりと脳裏を過った。しかし、そのことを容易く打ち消すほどに、私は続さんに生きていて欲しいと、強く願ったのだ。それさえも、術の効果の内なのかもしれない。上手く騙されているだけかもしれない。

でも、これからも私は彼と共に時間を刻んでいきたいのだ。

その為にも、不安因子は早々に排除しておくに限る。だから私は、続さんに私にかけられた術について話そうと思う。真相を知るのが怖くないかといえば嘘になる。しかし、きっと大丈夫じゃないかとも思っていた。いや術をかけられている時点で大丈夫なわけがないのだが、そういう意味ではない。続さんが術をかけているにしろかけていないにしろ、彼ならきっと、この日常を自ら進んで壊したりしない、という我ながら笑ってしまうほど甘い期待を抱いているからだ。

……まあそんな期待は花村さんの一言で、悲しいほど容易く揺らいだわけだが。


と、続さんは訝しそうに寝転がった姿勢のまま、私を見上げる。食後の私は大抵花村さんと共に食器を片付けているのに、いつまでもここに居るのが不思議なんだろう。

「花村さんが、食器洗いはいいから続さんの話を聞きに行け、と。今回の聖戦が始まる前に、続さんが後で話したいことがあるって言っていましたよね。その話ですか?」

途端、続さんは苦虫を噛み潰したような顔で目を泳がせた。

……てっきり続さんが花村さんに、私をここに来させるよう命令したのかと推測していたが、この反応だとその線は薄いようだ。まあ続さんはそんな遠回しなことはしないだろうとは思っていたが。

私は内心で首を傾げつつ、続さんの次の言葉を大人しく待つことにする。続さんは、ああ面倒くせえな、とか、どうしてこんな風になってんだ俺……馬鹿か、とか、犬め、余計なことを、とかそんなことをぼそぼそと洩らした末、意を決したようにソファーに座り直し――

そして、ようやく私を見た。

眉を潜め、ここ最近でトップと言い切れるほどのひどく不機嫌そうな顔を向けられて少し怯む。同時に、先程浮かんだあの最悪の予測はやはり的中しているのではと恐れた。しかし、彼がすぐに目を逸らして発した言葉は、

「あのさ。お前、俺のこと好きか?」

てっきりあまり役に立たない私に飽き飽きし、捨てる気になったのかと危惧し、それを受け入れようと覚悟を決めようとしていた私にとって、その言葉はあまりにも、……拍子抜けだった。強張った体の緊張が解かれ、徐々に静まってゆく鼓動を感じた。あ、といけない。真意は読めないが、返事をしなければ。

「はい、好きですよ」

「……恋愛感情で?」

「はい?」

「俺を、男として好きかって聞いてんだよ」

「そ……! そりゃあ、続さんは素敵ですし、格好良いですし、私は勿論……勿論……」

私も続さんから目線を外し、しどろもどろに答える。段々弱くなっていく語尾。そして私は唐突に、思いもよらぬ疑問にぶつかった。

……あれ、私、私は……。

「つ、続さん、そんなこと訊くなんて、ひょっとして私のこと好きなんですか?」

とりあえずそんな滅多に言わない冗談を口にし、なんだか重くなってしまった空気を取り払おうとしてみた私に彼も続いて笑って否定するだろうかと思ったが、そんなことはなく。気のせいかこれまで以上に重くなった空気と、沈黙という二文字が私の肩にのし掛かった。続さんは相変わらず私と決して目線を合わせようとせず、俯いている。思った以上に、真剣な問いなようだ。ならば、誤魔化そうとせず私もそれに真剣に答えないといけない。

「……私は、続さんが望むのなら、貴方を愛します。逆に、貴方が望むのなら、貴方を嫌悪――は無理かもしれませんが、恋愛対象としては見ないようにもします。貴方の傍にいるためなら、なんだってしますよ」

それが、弱くても貴方の傍にいる免罪符となるのなら。

バンッ

突如、勢い良く続さんが机を叩き、立ち上がった。え? 憤怒と困惑とが入り交じった表情で、私を見る。私はまさかそんな反応をされるなんて頭の片隅にも思わず、まぬけにも目を丸くして続さんを見ることしか出来なかった。しかし、先程の台詞は失敗だったらしいということは明らかだった。ああ、私の思慮が浅いせいで……! 続さんは、言葉を押し殺すように強く唇を噛む。何故だろう。

一瞬、続さんが今にも泣いてしまいそうに見えた。

「俺、名前が好きみたいだ」

呑み込んだ言葉の代替品としてかどうかは分からないが、唐突に私に対する好意の言葉が続さんの口から重苦しく発っせられた。どこをどう間違っても、先程の私の言葉によってそんな感情が換起されたとか、そんな感じには取れない。なのになんで今、そんな言葉が出てくるんだろう。分からないことだらけだ。しかし、とにかく不思議な感覚だった。それを聞いたとき、私は、歓喜よりも、驚愕よりも、

ああ良かったこれで私は、しばらくは続さんの傍に居られるという安堵の方が、勝っていたのだから。

どうしようもない違和感。これではまるで、続さんの傍にいることだけが私の最大の目的のようではないか。普通、告白をされた側ならば、相手が好きな人だったならば喜ぶし、そうでもない人なら、困ったりとか、するはずだ。やはり私にかけられた術は、そういう……。そして、私は再度、先程と同じ疑問にぶつかってしまった。


……私、続さんのこと、どう思っているんだっけ……。


「それが……話、ですか?」

長い沈黙の末、私が選びに選んでようやく吐き出した言葉は、そんななんとも機械的な質問だった。

「さっき、そういうことにして誤魔化そうかと思ってたんだけどな。……全然、違う話だ」

続さんは私から目を反らし、松葉杖をつきつつ、呆然とする私を置いて廊下へと消えかける。しかし、その前に一言、振り返らぬまま命令を告げた。

「ちょっと、そこで待ってろ」






なんとか引っ掻き乱された思考を整理しようとしていたところ、続さんは花村さんを引き連れて直に戻ってきた。続さんは怒っているような顔を維持したまま。花村さんはいつもの無表情で、その内に秘める感情を何一つ窺うことは出来なかった。続さんは先刻座っていたソファーにどっかと腰を下ろし、花村さんは続さんの後ろに立つ。この立ち位置は今までだって何度かあったのにも関わらず、この時だけはまるで――二人が私と敵対しているかのようだと、思った。

そして、


「お前、皐の駒だろ」


続さんは私を真っ直ぐに見て、そう断定した。
 

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