私とかみさま

□第十話 かみさまのピンチ
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「続さんが、私に術をかけたんですか?」

引越しやら聖戦準備やらで忙しくてそんな問いかけをする機会を見付けられないまま……聖戦当日が、やって来た。今回の遺産の出現ポイントは、二ヶ所らしい。

「そう、二ヶ所だ。だから二手に別れて、両方俺のものにする! で解決!」

威勢良く言い放った続さんの声は、携帯越しの月宮さんにもはっきりと伝わったに違いない。月宮さんには、五千万で今回の遺産の回収に手を貸してもらっている。二手に別れるに伴い、戦力の均等化の為に花村さんと月宮さん、私と続さんで組むか、という話にもなったが、それは必要ないと月宮さんが拒否。基本的に一人で行動するらしい月宮さんにとって、その方が動きやすいのかもしれない。

「……だ、そうです。――遺産が出現する零時まで、あと三十分ほど」

それまでには双方出現ポイントに、と花村さんが腕時計に目を落としながら、携帯越しに月宮さんへ連絡する。その他にも少し会話を交わしていたが、ふと続さんにその携帯を投げて渡した。

「続、貴方に用事だそうです」

「俺に? ……なんだ、混血」

不審を隠しもせず電話に出る続さん。なにやら徐々に眉根が寄っていっているが、どうしたのだろう。と思っていたら、続さんは直に電話を切り、携帯を花村さんに戻した。

「ふん、アルカナね。聖戦の遺産の出現ポイントは、神託を受けた俺と皐にしか知りえないこと」

だから、先回りしていたアルカナは、皐とつながったんだろうと断言した続さんは、月宮さんとの会話から話を変えようと、もっと言うなら勘繰るな、ということを滲ませていた。だから私は続さんに会話の内容を聞くことは出来ない、続さんは、私にとって絶対だから、逆らわない。逆らおうとも思わない。

今までならばそう納得していただろうが、続さんが私に術をかけ、そう思わせているのではという疑念が私の心に深く影を落とす。いや、今は聖戦中、こんな迷いに囚われていたら、勝てる戦いも勝てなくなる。と私はその疑惑を一時保留にして相槌を打った。



その後、妙な術を使い私達を妙な空間に閉じ込めたアルカナの社員達を無事倒すことが出来たが、その足止めは十分に効果を発揮したようで、私達は急いで遺産の出現ポイントへ向かっていた。



その時に、彼は――現れた。



追いかけてきた、先刻のアルカナの残党。そいつの姿が、瞬く間に別の人間へと変化する。風に弄ばれている銀髪。血を思わせる赤い瞳。右目には医療用の眼帯。まさしく、続さんから聞いていたそれだった。

皐。続さんの、敵。

大物の登場に、私は緊張に生唾を飲み込み、呪符を構えた。しかしそれはほとんど意味を成さないこととなる。直ちに皐の幻覚が襲いかかり、私達は森から、不思議な空間へと再度閉じ込められる嵌めになったからだ――私、達?

眼前の皐に注意を払いながらも、慎重に周りを見回す。白い空間に、黒い羽が舞っている。地面を見る。私はちゃんと立っているのだろうか。なんとも、人を不安定にさせる空間だ。いやそれより、ここには、私しかいない。厳密には皐もいるが、続さんや、花村さんは?

「続は、生かしておくん……だったか。殺してしまえば、聖戦が止まる」

当たり前のことを反復する皐からは、一向にこちらに仕掛けてくる気配が感じ取れない。訳が分からない。かといって、私が口を挟んだり、攻撃を仕掛けるのは許されていないような気がした。……なぜ、だろう?

「人間の、弱いお前を続達と同じ空間に閉じ込めると、死にかねないから、俺は。……?」

そういえば先程、記憶の接続が悪い等とのたまっていたが、彼の歯切れの悪さはそれに起因しているのか? ふと、皐が私にようやく焦点を合わせた。途端、にやりと歪む彼の赤い、赤い瞳。

ぞくり、と背筋が粟立つのと同時に、体が危険信号を告げるように震え出す。腕を押さえ、必死に震えを止めようと努力するが、一向に止まる様子はない。止まれ、止まれ! 止まってよ! こいつは続さんに仇なす者、そんなやつに震えるな、怖じ気づくな! 続さんの敵なら、排除しなければならないのに! 私が続さんの役に立つ為に、

私が、続さんの隣に在る為に!

「っ!?」

皐が、一瞬にして距離を詰めてきた。呪符で反撃を目論むも、それよりも早く、首筋に衝撃を受けて揺らぐ視界。崩れ落ちる体。瞼が、……重い。駄目だ、寝ては。私、私は


私は、続さんの役に立てなかった。


ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさ



……………………。



私は、何か堅いものの上に横たわっているようだ。気だるげに目を開けると、視界に入ってきたのは……。

「つ……続さん!」

続さんはぴくりとも動かない。ただ、大量の血液を体中から流出させるだけ。一気に血の気が失せるのを感じながら、呆然と私は続さんを見つめる。服を破り、続さんの止血をしていた花村さんに、私は問いかける。静かに。

「皐ですか」

「名前さん、目が覚め、……?」

花村さんが、変に落ち着き払った私の様子を見て、訝しげな顔をした。たぶん、私は続さんか花村さんに助けられてここにいるのだろう。続さんがこの様子では、今回の聖戦は敗北したと見て良いなどと冷静に現状分析が出来るほど、私は落ち着いている。

「皐ですね」

質問から確認に移行しつつ、私は立ち上がり、闇雲に森を進んで行こうとした。不意に掴まれた腕。掴む人なんて、彼しかいない。

「……どちらへ?」

「殺してきます」

「待ってください! 貴方では、皐に太刀打ちなんて」

「続さんの」

振り返った私の顔を見て、花村さんが眉を潜める。私は、どんな顔をしているのだろう。

「続さんの敵は殺さなくちゃ。続さんの役に立たないと、私は続さんの傍にいさせてもらえないんです」

「ッ名前!」

一瞬、誰が怒鳴ったのか理解出来なかった。だけど、この声は他の誰でもない、彼の声……!


「落ち着け! この、……バカ名前!」


「つ、続さん……!」

私は一も二もなく続さんに駆け寄った。続さんは尋常ではない量の脂汗を掻き、息も絶え絶えだ。たとえ血が流れていなかったとしても、私に医学の知識がなくとも、一目で瀕死の状態だと分かる。

「続、いつの間に気がついていたんですか? ともかく、続はあまり喋らないように」

「お、う……」

花村さんがそんなことを言わずとも、この状態の続さんでは、いつもの饒舌は影を潜めるだろうが、一応、ということらしい。そんな状態の続さんに、制止を呼び掛けさせてしまった……。

急速に、頭が冷えていく。

「……名前さん、今は敵の殲滅よりも、続の治療が先でしょう」

私は、一体なんて馬鹿なことをしようとしていたんだろう。続さんの治療が先決に決まっている。続さんにわざわざ戒められなければ分からないなんて。一体、私は何を……。いや、後悔は後で幾らでも出来る。

「……すみません、どうかしていました。私は、何をすればいいですか? 救急車を呼びましょうか、応急処置を手伝うべきですか?」

「……既に救急車は呼んでいます。止血を手伝ってください。私の言う通りに」

私は花村さんの指示通りに手を動かした。正常な思考を取り戻すに連れ、焦りや不安が顔を出しながら。



続さん、どうか、どうか死なないで……!


 
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