私とかみさま

□第九話 神託と電話
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「神託が下りた!」

夕食の洗い物を花村さんとしていたところ、続さんがそう言いながら慌ただしくやって来た。

神の遺産が出現する日時や、数等を洗い物の手を休めて聞き漏らしがないよう、集中する。まくし立てるように怒涛の喋りを見せていたが、話終えると、続さんはあっさり居間に戻って行った。今は私と花村さんは洗い物の最中だから、後で居間にて作戦会議(私はあまり参加させてもらえないが)に入るつもりだろう。と思ったら、予想に反し、続さんは思い出したように唐突に足を止めた。

「次の聖戦が終わった後、お前に話があるから」

振り返り、妙に真剣な顔で言われた。そんな話の心当たりを探しつつ首を傾げる。

「今じゃ駄目なんですか?」

「俺にも心の準備があんだよ」

「……分かりました」

いよいよなんなんだろう? 心の準備が必要だなんて、余程のことに違いない。

……一つだけ、心当たりが見付かった。私にかけられた術について。

なんだかんだと言って続さんを擁護しながらも、私は結局続さんが術者ではないかと疑ってしまっている。そんな疑惑を持ち続けるよりは、いっそのこと、きちんと話し合った方が良いんじゃないか。

どちらの答えが、帰ってくるとしても。

私は、ぎゅ、と固く拳を握り締めた。どうしよう。

その時、着信音なんてどうでもいいかと初期のまま変更していない、電話の受信を示す音が鳴り響いた。誰だろうと皿洗いで濡れた手を布巾で拭いて、携帯をポケットから取り出す。画面を見ると、見慣れない組み合わせの十一桁の数字が羅列されていた。

「誰からだ?」

「分かりません。知らない番号です」

「私が片付けはやっておきますので、出てみては如何ですか」

「そうします、すみません花村さん」

私は鳴り続ける携帯を手に、廊下へ出た。台所へ続くドアを閉めてから、電話に出る。

「もしもし」

沈黙。しかし相手が電話口に居るらしき気配は分かる。悪戯かと切ろうとした時、低い男の声が聞こえてきた。

「……名前? ……俺だけど」

なんだか、恐る恐る、といった声音で紡がれたオレオレ詐欺の様な言葉。何処かで、聞いたことのある声だった。誰だろう? と考えようとしたが、そんなことをせずとも次の瞬間に回答が頭に浮かんだ。

「に、」

そんなまさか。
私は声を潜め、先刻の彼のように慎重に声を絞り出した。



「兄さん……?」

「ああ、うん、そう。えーっと……元気か?」

なんだか、やたらとよそよそしい。家出した一年ちょっとぶりの妹との話し方が掴めないのか。もともと兄妹仲が良いとは決して言えなかったからか。たぶん両方だろう。

「う、うん……元気だけど」

「そっか……」

再度去来する沈黙。その場で電話を切ってしまいたくなるほどに、……気まずい。

兄も、偽善的で綺麗事ばかり並べる私が嫌いだと些細なことで口喧嘩をした際に言っていたし、両親の期待に答えようと努力し、客観的に見て俗に言う『良い子』の部類であった私と比べられて来て、さぞや私は兄にとって疎ましい存在だったのだと思う。……もっとも、両親に望まれて入った高校を中退し、挙げ句家出した今の私は最悪の親不孝者だろうが。

永遠に続きそうな沈黙に痺れを切らし、私は最初から思っていた疑問を口にした。

「なんで私の番号を兄さんが知ってるの?」

「ゴミ箱の中に番号メモった紙が入ってたのをたまたま見付けたんだよ。まあ、親には言わねえ方が良いかと思って黙ってたけど」

まあ説明が昔から下手だった兄にしては、流暢に答えが出てきた。あの兄のことだから質問を予想し、事前に答えを用意していたのかもしれない。他にもどのような手順で話すか決めていそうなものだが、沈黙が長かったことから鑑みるにいざ本番になると言葉が出て来なかった、といった所のような気がする。そうと決まったわけではないが、その辺りはまるで自分を見ているようだ。さすが兄妹と言うべきか。メモを見付けても、一年も連絡を躊躇していたのが実に兄らしい。何を話したものかと頭を悩ます兄が容易く想像出来る。こちらの住所は書かずに手紙を両親に送ったりもしていたから、きっと私は無事だと安心してくれていただろうし、恐らくそれも連絡を取ることが遅れた要因に繋がっているんだろうが。……でも、一年ちょっとという長期間の家出だったから、さすがに気になったのかな。

私が、そうなの、と答えると、兄が「あの、さ……」という歯切れの悪い言葉を皮切りに、ようやく本題を話し始めた。

「お前がまさかあんな大胆なことするとは思わなかった、すっげー驚いたんだぜ? 親には全く逆らわなかったお前が、まさか! って。

……変わったよなあ、お前。どうせ何言ったって戻って来ねえだろうから言うけど、俺は良いと思うぜ。自分の意思貫くってのはさ。格好良いじゃん。あのお前が悪いことやってたり、誰かに騙されたりもないだろうし、俺は応援するよ」

ごめんなさい思い切り悪いことやってます、人ではなく魔族が多いけど殺しとかやってしまってます。

……兄とは、それほど良好な関係だったわけではないことは先に記していたが、しかしやはり兄妹。たまに、双方の機嫌が良いとき等は普通にゲームやらで遊んだり、楽しく話もしたりしていた。当時の兄が鮮明に脳裏に蘇ってくる。とはいえ、まさかあの兄がこんな電話をしてくれるなんて。万が一にもないと思っていたのに。

「……ありがとう」

「応援っつっても、実質何もしねえんだけどさ」

「それでもいいよ。ありがとう、兄さん」

『応援するよ』

両親には、続さんから受け取った報酬で、こちらの住所は書かず、宅配で進学等今まで世話になった分のお金を送っていた。……とはいえ、家出なんて身勝手なことをしてしまった罪悪感に長い間囚われて来た私にとって、自己を肯定してくれる……それ以上の救いとなる言葉は、ない。変な装飾を付けず、陳腐な、ありのままの言葉で正直に言おう。私なんて好ましくは思っていないだろうに、それでも心配してかけてくれた兄さんの言葉は、


とても、嬉しかった。


どうにも照れ臭く、それ以上の言葉は紡げなかったが、兄にとっては、それで十分だったようだ。

「お、おう。じゃあ、そろそろ切るぜ。また電話する。


何やってんのかは知らねえけど、…………頑張れよな」

兄もどうやら気恥ずかしくなったようで、すぐに通話を切られてしまった。携帯に表示された兄の電話番号を見ながら、しばし余韻に浸る。


でもごめん。
ごめんね、兄さん。


もう電話は出来ない。


「……『消』」

呪符を取り出しそう唱えるだけで、兄との連絡手段は至極簡単に途絶える。……それに若干の寂寥感を感じながら、携帯が破片一つ残さず消失するのを確認した。昔の友達とは当に縁が切れているし、現在の私にとって携帯に入っていた大切なデータは続さんと花村さんの携帯番号とメルアドだけだ。双方ともすぐに聞くことが可能だから困らない。しかし聖戦が始まるというこの時期に、携帯がなければ連絡手段がなく不便だろう、早く買いに行かなければ。

兄と電話をしたくなければ、着信拒否にすれば良いのだが、あの兄のことだ、きっと心配して別の電話から掛けてくるに違いない。兄とこれ以上話すと、困ったことになる。



家に、帰りたくなってしまうじゃないか。
私は続さんの傍に“居なければならない”のに。



台所に戻ると、既に花村さんの姿はなく、夕食に使用した食器等は綺麗に仕舞われていた。まだ終わっていなかったら手伝おうと思ったのだが、間に合わなかったらしい。居間に向かうと、続さんと花村さんはソファーに座り、既に作戦会議に移っていた。続さんがいち早く私に気付く。

「誰からだったんだ? なんか長かったな」

「ただの間違い電話でした」

少し無理があるかなと思いつつ、私はにこりと微笑んだ。
 

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