私とかみさま

□第七話 病院にて。
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ぼんやりと、私は日向さんの横顔を眺めていた。いや、眺めていたという表現は正しくない。結局のところ私は思考に溺れて何も瞳に映していなかったのだから。


あれから、とりあえず救急車を呼び、月宮さんと日向さんは別々の個室に入院している。意識はない。目覚める気配もない。当然だと続さんは言っていた。皐に精神を殺されたのだから、と。続さんとは、私に術をかけたのは続さんではないかという疑念が生じてしまったため、どう接すればいいんだろうと思い悩んだが、続さんのいつものペースに巻き込まれ、結局は普段通りに会話をしている状態だ。

それと、結局、花村さんはあれから帰ってこなかった。放っておけ、と続さんは言うが、もしや敵にやられてしまったのではと心配になり、今日も朝から捜してみたものの、影も形もなかった。電話をかけても、全く通じやしない。大丈夫だろうか、花村さん……。彼が、そう簡単に死ぬような人ではないと思うけれど……。……いや、今までのことを思い出すことでこの病院にやって来た理由から逃避するのはやめよう。花村さんについてはものすごく気になるが……もう一度、やり直しだ。

あれから、私は自分に術がかけられているか、調べてみた。
正直、あまりそういうことはやってこなかったから、拙い動作で呪符の力を借りて調べた。日向さんの言うことは本当だったのだと裏付けが取れてしまった。もっと探ろうとすると、どうやら結界かなにか張られているようで、弾かれてしまう。何度挑戦しても、無駄だった。その為、誰が術者なのか、いつから術をかけているのか、何の効力を持つ術なのか、分からず仕舞い。私レベルの術師では駄目だったが、この人なら出来るかもしれない。そう考えて日向さんをしっかりと見る。

意識のない相手に頼っても詮無きこと、か。そもそも、つい昨日まで敵として戦った間柄、頼みを聞いてくれるとは限らない。たとえ頼みを聞いてくれたとしても、この人の性格上、どんな莫大な見返りを要求されるか、予想も出来ない。やっぱり日向さんに頼るのはやめておいた方が無難か。続さんに頼めば、術の全容が判明するかもしれないが、それどころか解いてくれるかもしれないけれども……なんとなく、それは憚れる。

『そこの純血が、君に術をかけて良いように使ってるんじゃないの?』

「…………」

室内に静寂が訪れる。私が意識していなかっただけで、ずっと静かだったけれども。私は頭を振り、パイプ椅子から腰を上げた。パイプ椅子を邪魔にならないように元あった場所に戻し、ふと何気無く白い壁にかかった時計に眼をやる。針は、一時三十五分を指していた。

……いちじさんじゅうごふん?

「ええっ!?」

度肝を抜かれた。私は二時間近くここで考えごとをしていたの……!? ちょっと寄って行こうくらいの気持ちだったのに! 花村さんが帰ってこない今、続さんの昼食を作るのは私だというのに――!

さぞや不機嫌そうな続さんの顔が頭に浮かぶ。私は慌ててドアを――掴もうとする前に横に開かれた。あれ、このドア、自動だっけ……? と思ったのも束の間、続さんの顔が目の前にあった。

「続さん!?」

「名前!? ……お前、どこに行ったのかと思ったら……」

こんなところに、と続さんの視線が私の後ろに向けられる。そこには勿論、日向さんが純白の布団に包まれてお休み中。

「へー、ほー、ふーん?」

意味深に、かつ何故か刺のある言い方をしたかと思うと、私に視線が戻ってきた頃には怒気一色の口調になっていた。

「色気付いてんじゃねえよ下僕の分際で! 主人以外に現を抜かすな!」

「す、すみません!」

何がなんだか分からずとりあえず謝ったが、……あれ? これ誤解されてない? と遅ればせながら気付く。ああ、そうか、たしかに敵の異性の見舞いに用もないのに行くなんて、明らかにおかしい。気があるのではと誤解されていても仕方がないかもしれない。それに加えて、続さんのその種の誤解が未だ完全に払拭されていないのだから余計に。

「……訳すと、『俺以外を見るな、俺だけ見てろ』ということのようですよ」

「はい?」

なにが?

「ごたごた言ってねえでやるぞ!!」

なにを?

訊く間もなく、続さんは私の横を通り過ぎ、日向さんのベッド近くで止まる。

「もう少し素直になればいいのに」

「はっ花村さん! 良かった、無事だったんですね……!」

あまりにも普通に佇んでいたからすぐに気付けなかった。まだどうにも状況が掴めないものの、花村さんの帰還は喜ばしいことだ。そんな私を見下ろして、真顔で花村さんはとんでもないことを問うてきた。

「私に鞍替えでもしませんか? 名前さん」

「はい?」

「だああ! 人の背後で堂々と口説くな!」

くわっと顔だけをこちらに向けて怒り出す続さんの手には神の遺産が十字架のような形をとって浮いていた。そしてそれは日向さんの胸辺りに吸い込まれてゆく……。あ、あれ? 貴重な神の遺産を、使ってしまっていいんだろうか。実際使っているから、いいのかな。そもそも、その神の遺産は皐に取られたのでは。

「ん……?」

薄目を開けて、枕に頭を沈ませたまま霞がかった瞳で天井を、いや虚空を見つめる日向さん。寝ぼけているようだ。そこに容赦のない続さんの鉄拳が決まった。痛そうだ。続さんのこういう言動には慣れているが、さすがにいきなり過ぎてびっくりした。日向さんは私以上に驚いたようで、「いっ!?」と声を上げて跳ね起きた。

「……なんでお前が」

日向さんは状況を把握し、頭をさすりながら続さんを訝し気に凝視した。

「というかオレ……一体」

「堕天使に精神を殺されたんだよ。んで、本当ならそのまま永眠するところをこの超慈悲深い純血天使続様が、神の遺産の力を使って助けてやったってわけ!」

えっへん、と胸を張る続さんに対し、日向さんの訝し気な視線が更に悪化する。

「えーと……何が目的で?」

私もその辺りを知りたい。

「かーっ! てめえは人の親切をそんな風にしか見れねえのか!?」

「は!? 親切!?」

「親切!?」

あ、やっちゃった。ついつい声を上げてしまった私を、ぎろりと睨み付ける続さん。私は気まずさに視線を彼方へと反らす。続さんは私の方へ歩み寄って来て、私の頭を鷲掴みにし、ドアへ向かう。「うわっわ!?」頭を掴まれているので必然的に私は続さんの進行方向へ引っ張られる形になる。花村さんもそれに着いて来るのが視線の端に映った。

「ったく! とにかく明日話があっから、お前は即刻退院して、今日は俺の家に泊まれ。いいな!」

「は? ちょっ待、」

続さんはついぞ振り向かないまま、ドアを後ろ手に閉めた。
そして荒々しい足音を立てて、廊下を進む。いつになったら私の頭を解放してくれるんだろう、歩きにくいんだけどな。などと思いつつ、花村さんの先程の言葉を頭の中で反芻して推察する。

……あの言い方は、
続さんが私のことを好きであるかのような言い方だった。

……まさかね。まあ、なんだかんだ言っても、こうして傍に置いてくれているんだから、たぶん……きっと、嫌われてはいないと思う。だけど、さすがに異性としての好きは、違う気がする。だって好きな人に対してなら、もっと優しく扱うんじゃ……「名前っ!」はっはい!

「ったく何度も呼んだんだぞ。なにぼけーっとしてんだよ」

「すみません、ちょっと」

「二回説明すんのは面倒だから、花村、してやれ」

「いやあの、それはいいんですが、頭、離してください」

ここは病院であって、ちらほらと患者や見舞い客や医師、看護師とすれ違う。さすがにその人達から向けられる特異な視線が痛くなってきた。……ああ、忘れてた、と続さんがぱ、と手を離す。ようやく普通に歩けるようになった。

「では、現在の状況の説明をさせていただきます」



続さん達は花村さんに化けて近付いて来た桃瀬を拘束することに成功し、逃走を許すことにより皐の居場所を突き止め、皐は仕留められなかったものの、神の遺産を奪還した、らしい。その際に共闘する為私に電話をかけたらしいが繋がらず、その間に皐に気付かれ逃げられるかもしれないため、私を待たず二人で皐の元へ乗り込んだ、と。病院なので携帯の電源を切ってしまっていたのだ。着信履歴を見ると、確かに続さんから着信があった。……何件も。

すさまじい罪悪感に襲われた。

しかも、あいつが俺からの電話に出ないなんて……! と続さんが騒いだらしい。悪いことをしたな、と必死こいて続さんと花村さん(彼も心配してくれたらしい)に謝ったのは当然として。それから、その神の遺産の力を使い、日向さんと月宮さんを目覚めさせ、恩を被せて一生働かせよう作戦! らしい。二人共、かなりのくせ者だ。そうじゃなくても普通は一生下僕なんて嫌がる。そんなに簡単にいくのか。

それに、私にかけられた術についても何一つ分かっていない。問題は山積み。さて、どうやって消化していこうか……。



そうした思考に耽っていると、またも続さんの話を聞き逃し、頭に鉄拳制裁を喰らってしまった。
 

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