私とかみさま

□第三話 私と混血
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「鍵の在処を教えるから、予言書の力を少し分けてくれ。かつ、月宮との戦闘で危なくなったら助けてほしい。鍵の出現方法は月宮を殺してから教える」

まあ要するに、この混血の男、日向さんが提示した契約はそういうことだった。

――混血は、18歳になるまでに自身に宿る呪いの烙印を予言書等の神の遺産の力を使ったり、純魔族の血を吸収しなければ死に至るらしい。なんとも難儀な烙印である。この男はもう18歳間近、だから神の遺産の力が喉から手が出るほど欲しいのだ。

続さんは多少渋ったものの承諾した。交換条件として、鍵の場所の前で派手に戦ってくれ、と付け加えるのも忘れずに。そのことを(日向さんとの契約は当然ながら省くが)月宮さんというらしい女の方の混血が待っている部屋へ説明しに向かった。花村さんもそれに続く。

「名前、って言うんだっけ? 君」

私も向かおうとしたところ、日向さんに呼び止められた。にこり、なんとも嘘臭い笑みだ。

「……そうですが」

……そうか。続さんの情報を得るのには一番私が落としやすい、と判断したのか。まあ見た目と、哀しいことに中身でも、確かに一番情報を得やすいのは私だろう。基本的に私は花村さんほどポーカーフェイスは出来ない、顔に出てしまう危険性がある。続さんに不利な情報を、私が洩らす訳にはいかない。何があっても。私は唇を引き結んだ。

「そんなに固まらなくても。一応今は仲間、だろ? オレ達。仲良くしようよ」

腰に手を回し、ぐ、と引き寄せられた。抗議をしようと視線を上げると、思ったよりも近い日向さんの整った顔にとてもじゃないが心中穏やかではいられなくなる。駄目だ、相手のペースに乗せられるな……!

「一時のみの協定でしょう」

慌てて、冷静そうな声を絞り出すも、若干上擦ってしまう。

「そうだけどさ、君も君でつれないね。……あんな、俺様で部下のことなんて全く考えてない自己中で非常識な気違いのなにがいいの?」

「違う、続さんは……ッ!」

一瞬カッとなって言い返そうとしてしまうところを慌てて抑える。危なかった。こんなに容易く頭に血を上らせてどうするんだ、私。相手が冷静でなくなった時なんて、情報を搾取するのに絶好の機会じゃないか。私の逆鱗に(しかもピンポイントに)敢えて触れ、狡猾に情報を搾取しようとしてくる。……なんて、油断ならない。私は思い切り力を込めて日向さんの胸板を押しやり、距離をとった。

「続さんを侮辱するようなことは、今後、少なくとも私の前では口にしないでください。……与太話は終了です、行きましょう」

私は感情を理性を総動員させて押し留め、花村さんのような無表情を形作る。この男にはあまり通じそうにはないが。日向さんも流石に諦めたのか、「ごめん、言い過ぎたね」と肩を竦めて形だけ謝った。





「名前、どこ行くの? オレも一緒に行って良い?」

甘かった。

ああもう諦めてくれたのだとホッとしたさっきの自分を張り倒したい……!

「怪我も完治しましたし、今晩、予言書の鍵を取りに行くんでしょう? 準備とかしなくていいんですか?」

「ん〜。ま、そうなんだけど、君ともっと話しておきたくて。ひょっとしたら、オレ運悪く月宮に殺されちゃうかもしれないし、さ」

……そういえば、彼は今回続さんに裏切られて殺される予定なんだっけ。予言書の鍵を手に入れ、せっかく生き残れる、と思った直後に……。『君と話したくて』なんて、どうせ私から情報を搾取するためだろうが、そう考えると現金なものでへらへら笑う彼がひどく悲壮に見えてくる。

そう思って、隙を見せたのが悪かった。よりにもよって、この男の眼前で。

「隙ありっ」

抱き着かれた。「うわっわ!?」間抜けな声が飛び出る。慣れないことに(慣れたくないけど)顔が火照った。ど、どうやって逃げよう、とぐるぐる思考が回って「……ちょっと、いちゃつくのは構わないんだけど、退いてくれる?」

凛とした声が廊下に響いた。慌てて発信源を伺うと。

「つ、月宮さん!」

「あ、月宮じゃん。丁度君に話が……」

日向さんも月宮さんの登場に私から手を離し、道を開ける。ああ、だから廊下にいたのか。というか、その道すがら私にちょっかいをかけないでほしいものだ。

話しかける日向さんを壮大に無視し、月宮さんはつかつかと私達の間を通過した。

「……あーあ、フラれちゃった」

肩を竦めて見せる日向さんは、興を削がれたとばかりに「じゃあオレは部屋に戻るよ。やることもあるし。またね、名前」と彼にあてがわれている部屋に戻って行った。なら私はこれから何処に向かおうか、と思い……あれ、そもそも私は何のつもりでここに来たんだっけ。あ、そうか。今晩の打ち合わせをするため続さんの部屋に行こうとしてたんだっけ。彼と話したいというのも本音だけど。ということで続さんの部屋へ向かう。するとすぐに前方に月宮さんの後ろ姿が見えた。

綺麗な人だ、見れば見るほどそう思う。後ろ姿でもそれを伺わせる美貌。

なんとなく近寄りがたい人なので、話しかけるのは躊躇われるが。それに必要以上に話して情が沸いても困る。

この人は敵。
続さんの、敵。

殺す予定の、人なのだから。


と、彼女が振り向いた。

「……丁度良いわ、あなたには幾つか聞きたいことがあったの」

彼女から話しかけてきた事に少し驚く。表面には出さず、話しやすいよう彼女の隣に並んだ。

「なんでしょうか?」

「あの時、なんで私達の戦闘に入ってきたの? ここまでを見越した、顔見せのつもりだったのかしら」

「ああ、いえ。あれはただの事故で……」

「あら、そうなの。深読みし過ぎたわね。 
……それにしても、あなたのお仲間は変わっているわね。普通の人間のあなたが、魔族と、それに純血天使と組んでいるなんて。かなり異色な組み合わせよ」

「ああ、まあそれは色々と事情がありまして」

そうは言ってみても、続さんに命を救われ、恩を返させてくれと頼み込んだだけなのだが。まあわざわざ説明するほどでもあるまい。

「――あなたは」

少し間があった。彼女はしっかりと私を見据えて、口を開く。

「どうして、あの純血に着いていこうと思ったの?」

「私は、あの人に出会う為に生まれてきたからです」

迷わず即答すると、彼女は少しだけ眼を見開き驚いた様子を見せた。

「……そう」

気のせいかも知れないが興味深そうに眼を細める彼女。それきり彼女は何も言わず、私も何も言わなかった。

そうこうしているうちに続さんの部屋の前に到着する。月宮さんはそのまま真っ直ぐ廊下を進み、階段を降りていった。あの方向はキッチンかな。今は夕方だし、予言書の鍵を取りにいくより先に晩御飯を食べておくつもりだろうか。ノックしてからドアを開け「わっ!?」枕が飛んできた。

「遅えよ! どこで油売ってたんだお前!」

続さんは大変ご立腹だった。慌てて部屋に掛けられている時計を見ると、15分も過ぎていた。部屋を出たときは指定した時間より10分前だったのに……! まさかこれほど過ぎているなんて。彼等との会話に夢中になっていたようだ。私は慌てて続さんに謝罪する。

なんだか最近謝ってばかりいるような気がする……。




そうして、束の間の平穏は過ぎ。

夜がやって来た。
 

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