私とかみさま

□第二話 神の予言書
1ページ/1ページ

落ちてきた彼女は、まさか私がそこにいるとは夢にも思わなかったようで、受け身も上手く取れず私ごと倒れた。

「いっつ……」

肘を擦りむいたようで、血が滲み、痛みが走る。

「あなた……」

上半身を起こした彼女のあからさまに怪しんでいる顔が視界に映る。そこで気付いた。この人は、先刻続さん達が会話を盗み聞きしていた敵の二人のうちの一人だ……! 彼女の顔を凝視していたので、彼女の敵意が私に向けられる様子が手に取るように分かった。こんな時間にここにいるということは、私も予言書を狙った敵である可能性が高い、と判断されたのだろうか。……図星だけれど。

なにはともあれこの押し倒された、身動きの取りづらい状況は非常にまずい!

慌てて呪符を取り出そうとした――その刹那。

「あはっ」

猫の尻尾が生えているツインテールの少女がサバイバルナイフをギラつかせ、混血を刺そうと距離を一気に縮めてきた。あの子はたぶん、容姿から察して続さんと対立する皐という男の部下、桃瀬……だろう。
実際に会ったことはないが、続さん達から話は聞いている。

私の上から飛び退き、その攻撃をかわそうとしたがかわしきれず腕を斬り付けられていた。私も起き上がり、早急に二人から距離を取って対峙する。

「? あんた誰? あんたも予言書狙い?」

ツインテールの子、桃瀬が首を傾げて新参者である私を見る。そんな可愛らしい仕草とはかけ離れた、彼女が手に持つ血に濡れたサバイバルナイフが非常に違和感を感じさせる。

「い、いや私はここに迷い込んでしまっただけで……」

ここで戦闘は出来るだけ避けたい。私はそれほど、戦闘能力に長けているわけではないのだ。
下手に一人で戦闘をすると死にかねない。弱い敵が相手ならまだしも桃瀬はたしかそこそこ出来ると聞いた。続さんからすれば小物らしいが……。まだ大して続さんの役にも立てていないのにこんなところで無様に命を散らせたくはない。

「――嘘ね。私、嘘分かるのよ」

そう思って嘘を吐いたのだが、あっさりと否定され――なんと彼女から流れた血が生き物のように蠢き私と桃瀬に襲いかかった。

「や……何これ、血!?」

「え……!?」

血を操る……ってことは、彼女は吸血鬼か……! 慌てて血を振りほどこうと躍起になる桃瀬と私。その隙に吸血鬼の彼女が桃瀬に向かって剣を振るう。優先順位があちらで助かった。私は血で拘束された身体をなんとか動かし呪符を取り出した。『裂』と呪符によって血を切り裂き拘束を解く。戦闘中である彼女等を見れば、なにやら自分達の戦いに一生懸命で私の方など気にしては――いや、吸血鬼の方の彼女が、血の拘束から逃れた私を見やった。

! まずい。
また血で私を襲ってくるつもりじゃ……。

『充填、射出』

男の声が聞こえ桃瀬の回りを取り巻いていた、彼女が操っていた様子の黒い化け物を無数の巨大な十字架が貫く。これは堪らないと桃瀬は影の中へと吸い込まれるように逃げた。吸血鬼の元へ、その術を使ったらしい男が近付く。彼は確か続さん達が会話を盗み聞きしていたもう片方で、日向とかいう名前だったはずだ。

って呆気に取られてる場合じゃない、早く逃げなければ!

私は彼女等に背を向け、一目散に逃げ出した。追い討ちをかけられても防げるように防御用の呪符を使用していたが、追撃は来なかった。桃瀬との戦闘に集中している中、私へわざわざ追撃をする程の価値はないと判断されたかは定かではないが、少々口惜しいものがある。いや、追撃されないのは楽だけれど……。建物に入って階段を上がり、もうここまで離れれば大丈夫だろうと立ち止まり息を整える。

どうやら危機は脱したようだ。

ふう、と息を吐き、窓を使い下を覗き見る。
そこでは未だあの三人の戦闘が繰り広げられていた。そのまま観察していたところ、突如腕を捕まれた。

「!?」

まさか、先回りして……!? そのままぐさり、と心臓を貫かれる想像が頭を駆け回りながらもすぐさま振り返ると、少し背の低い男がぶすっとして佇んでいた。

「つ、続さ」「バカ!」

やっと再会出来た安堵を感じる暇もないまま罵倒された。一瞬脳内が疑問符で満たされたが、すぐに心当たりに行き着けた。

「あの、怒って、ます?」

私が敵と接触してしまい、危なかったことを。少ない手駒を簡単に失いたくないから、怒っているのだろうか。それとも、私個人を心配して……なわけないな。それはいくらなんでも夢を見すぎだ。

「ったりまえだ。なにやってんだお前」

やはりしっかりと先程の戦いを見られていたらしい。

「ご、ごめんなさい」

「教会の何処にいるかを初めからきちんと伝えなかった貴方も悪いですよ、続」

ひたすら謝ろうとしていたところ、続さんの背後から男姓特有の低い声が発せられた。続さんの従者、花村さんだ。相変わらずの黒いスーツに黒髪黒眼と、そのまま闇に紛れそうな格好だ。

「まったく……あ、名前さん、あちこち怪我をしてしまっていますね。帰り次第手当てしましょう」

「……俺様の信者なら俺様のいる場所ぐらい気合いで分かるべきだろっ」

「す、すみません……」

「ってか、花村お前だってこいつを置いてったくせ、に……っ!?」

と、続さんの言葉が止まり、表情が一変した。何かに気付いたようで眉を潜め、かと思えば手近の窓を破り、そのまま飛び降りた。どうしたんだろう。もしや予言書になにかあったんだろうか? 破られた窓で下を見下ろすと、預言書が桃瀬によってどす黒く汚されていた。あのままでは預言書にある神の力に支障が生じてしまうが、その心配はなさそうだった。続さんが刀で桃瀬を貫いて追い払い、予言書を浄化させようとしていたからだ。次いで、花村さんもその窓から飛び降りた。……私だけ階段を使って降りるというのは、格好がつかない。ガラスの破片に気を付けつつ、私も一気に飛び降りる。あまり高くはないが、落ちれば十分死ねる高さだろう。この落ちる感覚はあまり好きではない。練習したとはいえ失敗したらと思うとヒヤリとする。

地面が近付いてきた。呪符を地面に投げつけ勢いを緩和することによりなんなく着地する。見ると、続さんが予言書を手にし、吸血鬼の女と呪符を使っていた男に剣を向けていたところだった。


「選べよ混血。『鍵』の在処を俺に教えるのと、今ここで死ぬの、どっちがいい?」
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ