短編

□恋の遺産
1ページ/1ページ

「これが……」

目の前の、ピンクのおおよそ神の遺産とは思えないキュートなハート型を模した陶器を手にとる。この遺産に関する情報はあまりに少なかった。これの在処だって、探しに探しまくった末にようやく手に入れた代物だ。

「苦労に見合う物だといいんだけど」

そう、この遺産の効力についての情報も一切手に入れられていない。ただ、変わった力を持つ遺産、としか。とりあえず、さっき倒したこの遺産を守っていた魔族を叩き起こして聞いてみようか。そう思い後を向くと、

「つ、月宮さん!?」

月宮さんがいて驚愕する。瞬間移動でもしたのかというほどの気配の無さだった。にしてもなんで真後ろに……とまで考えて気付く。気配を消して私の背後に立っているなんて、それはもう、今私が持っている遺産を奪うため以外に考えられない。とっさに距離を取り、いつでも戦闘に入れるよう警戒して問いかけた。

「どうしてここに?」

「それを追ってきたの。情報屋の血を吸ったら、たまたま神の遺産がある場所が分かったから、来てみたのよ。……でも、あまり神の力はないようね。ただ、気になるのはその遺産の効力。変わった力を持ってるんでしょ、知っているなら教えてくれない?」

「いえ、それが私も取りに来たのは良いものの情報が少なくてよく分からないん、です……?」

月宮さんが、だんだんと距離を詰めてくる。やはり、無理矢理奪う気だろうか。でも、月宮さんから戦う意思は見られない。いつもの剣も持たず、丸腰でこちらへやって来る。どう対処するべきか迷っているうちに、手を伸ばせば触れられる位置にやって来て――そして実際に触れられた。

いや触れられるというか……抱き締められた。

一瞬意外すぎて呆けてしまったが、彼女には牙という武器があることを思い出す。っまずい! 早く距離を取らな、「愛してる」は?

「貴方が好き、大好きよ」

耳元で息を吹き掛けるように囁かれ、ぞわっと不快感が全身を駆け巡った。

「うわああっ!?」

堪えきれずに月宮さんを突き飛ばし、その場から一目散に逃げ出した。



街に出てから、これ以上ないほど混乱した頭で考える。き、きっと月宮さんは頭でも強打したか、なにか術でもかけられていたんだ。もともとそっちの気があるとか、あからさまに様子がおかしかったし、そういうわけではないだろう。た、たぶん。

にしても、あの場で倒した魔族にこの遺産について訊こうと思っていたのに、駄目だったのは痛いな……どうやって調べたものか。と取ってきた神の遺産を見ながら頭を巡らせていると、男の人に突然声をかけられた。貴方に一目惚れしました、好きです、と。答えに窮しているうちに、俺も俺も、と続々人が集まってくる。私はとりあえず曖昧に笑って――

無論一も二もなく逃げ出した。そして男達に当然のように追いかけられる。……こ、怖いいいい!! それでも遺産は続さんに渡さねばならないのでしっかりと握り締める。呪符を使って逃げようかと息を荒くしながら角を曲がったところで、建物と建物の間に生じている隙間に引き摺り込まれた。驚いて声を出そうとする前に口を手で押さえられる。見ると、日向さんだった。私の苦手とする人物とはいえ、知り合いに会えてホッとする。そのまま息を殺してじっとしていると、私を追い掛けて来た人々の足音が通り過ぎて、遠くなるのが分かった。危機は去った、らしい。助けてくれたなんて、今まで苦手意識を持っていて悪かったかな、と思いながら日向さんの手を口から外して礼を言った。

「君、なんで追いかけられてたの?」

当然の疑問だ。しかし私はそれに対する答えを持っていない。なので首を横に振ってそれを答えとする。……どうしたことだろう。彼の瞳が、まるで愛しい者でも見るかのように優しいそれへと変容し、頬が恋する少年のように赤く染まる。まるで、先刻の月宮さんのように。……嫌な予感。後退りしようとしたら、すぐに壁にぶつかった。その機を逃さず、私の両脇の壁に手を着く。

「逃げるなよ」

……なんだろうこの怪しい雰囲気は。激しく身の危険が迫っているような気がした。
その予感はどうやら的中してしまったようで、逃げられないのを良いことに彼は私の首筋に顔を埋めて、内股を撫で出した。ぴり、と首筋に軽い痛みが走った。手も、徐々に上へと上がってくる。

「……っ」

「感じた?」

日向さんは口角を上げて楽しそうに笑う。かあ、と頬に熱が集中した。呪符を取り出して逃げようとすれば手を捕まれて阻まれた。

「そう簡単に逃がすわけないだろ」

そう言って笑う彼に、いよいよ追い詰められた私は実力行使に出ることにした。遺産を落とさないよう、日向さんに捕まれていない方の手で胸に抱き、彼の頭目掛け渾身の頭突きをお見舞いする。よろめく日向さん。私にも相応のダメージが来たが、拘束が解けた今、呪符を使い続さんの家へと転移することは容易かった。



目前に日向さんが居なくなったことに安堵する。とりあえず赤くなった頬を冷ましてから、合鍵を使ってドアを開けた。なんだか今日は訳が分からないことがたくさんあったけれど、なんとか家に着けて良かった……。家に入り、続さんを探そうとしたところ、先に花村さんに出会した。

「お帰りなさい。怪我はしませんでしたか?」

「はい。大丈夫です。遺産も入手出来ましたよ」

「そうですか、良かっ……」

花村さんの言葉が途切れた。心なしか頬が赤い。嫌な予感パートツー。ど、どうしよう。確実に今までの流れだよ。逃げようか。

「貴女は可愛らしい人ですよね」

「は、はい?」

おたおたしている間に、優しく抱き締められてしまった。ふわりと香る花村さんの匂い。あ、しまった逃げるの完全に遅かった……!

「いじらしくて、時々うじうじしていて、うっかり苛めたくなります」

何故!? ああそういえば花村さんって自分のことSだって言っていたような……! 花村さんは手櫛で私の髪を梳き始め、ついついドキドキしてしまう。ああもう本日三度目のどうしようこの状況だよ。新手のドッキリかなにかなんだろうか。

「……好きですよ」

「は、花村さん……!」

段々と顔を近付けてくる花村さん。何をしようとしているかなんて、嫌になるほど明確な行為だ。どどどうしよう。花村さんにはお世話になっている分、日向さんのように頭突きをするのは躊躇われる。ああでもこのままだと……!



「なに発情してんだバカ犬っ!!」



続さんの怒鳴り声が聞こえた直後、スパーンっと何か硬いものが私の頭に直撃した。い、痛い……! みるみる意識が遠くなると同時に、続さんの「……あ、外した」という声と、何かが割れる音を聞いた――。



「起きたか」

目を覚ますと続さんがいた。なんだか頭がずきずきと痛む。触ってみると大きなたんこぶが出来ていた。むくり、とベッドから起きると、ここはどうやら私の部屋のようだった。

「……私、どうしてベッドに……」

「覚えてねえの? 花村に襲われてたんだよ、お前。あ、俺様が助けてやったんだぞ、感謝しろよ。……で、お前がぐーすか寝てる間に先に目が覚めた花村と俺で調べたんだけど、なんかお前が持ってた遺産は見る者全てを虜にするって効力があったっぽい」

「あ、ああ、だから」

だから、皆の様子がおかしかったのか。考えてみればあの遺産を手に入れるまでは皆普通だったんだから気付いてもいいだろうに私。というかあれほど調べてみても分からなかったあの遺産の効力を易々と調べあげるとは……さすがだ。あれ? そういえば遺産はどこにいったんだろう? しっかりと持っていた筈なのに、ない。

「遺産はどこですか?」

「割れた」

「は?」

「お前が意識すっ飛ばした時に、遺産が落ちて割れたんだよ」

う、嘘でしょ……!? さああ、と顔から血の気が引いていくのが分かる。意識を失う直前のことは記憶がぼやけていてよく覚えていないけど、あれだけ大切に持っていたのに最後の最後で割るなんて――! もう取り返しのつかないことをやってしまった私は、必死に続さんに頭を下げた。

「すみません! 私の不手際です……!」

「いや、まあ、いい」

罰が悪そうに続さんは言う。なんで続さんがそんな顔をするんだろう。

「ま、まあアレだな。誰にだってミスはあるから、仕方ねえよ!」

有難い言葉だ。有難すぎて涙が出てくる。戦いに役に立ちそうな神の遺産を壊しても怒らず許してくれるなんて、続さんは、本当に器が違う……!

「じゃ、じゃあ俺は行くからな! お前はもうちょっと安静にしてろよ」

頷き、続さんが部屋から退出するのを見届けた。と思ったら、すぐに戻ってきた。しかし、ドアを開けたままで部屋には入ってこない。

「一つ、言い忘れた」

「?」

「あの遺産、壊れても短時間は効力が残るみたいでさ」

「はい」



「お前が寝てた間に、ちっと手出したけど許せよな」



「………………はい?」

唖然としている間に続さんはドアを閉めてしまった。……手を出したって、つまり……。



部屋には、顔を真っ赤にした私だけが取り残された。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ