短編

□案外、良い人?
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「「あ」」

ばったり、本当にばったり出会した。約束したわけでもないのに、こんな人の多い街中でよく気付けたものだ。なんというか、少々彼のよく使う『運命』を感じてしまう。こんな心中を吐露したらロマンチストだと笑われかねないが、でも。

「偶然だなっ」

邪気の欠片もない、見ているものを安心させる笑顔。それを見るだけで、暖かい気持ちが溢れる。尚は本当に、凄い人だ。

「う、うん。尚。……クレープ?」

尚の笑顔にばかり気をとられていたから、彼が持っているものに今更気付く。

「そーそ。おいしいよ」

……クレープを一緒に食べるという口実を作って、彼と時間をもう少し共有したいな。中々言葉を返さなくておかしくならない程度に脳内でシュミレート開始。

『そうだね。私もそれ買ってくるから、良かったら一緒に食べない?』

さも今思い付いたかのように、提案する前にあ、そうだ。の『あ』を着けよう。よし、行くぞ!

「そうだね……。あ、私も買ってくるから、い、いいい一緒に食べない?」

どもるなー!! 心臓がバクバクと早鐘の如く鳴り響く。どうしようどうしよう! 不審に思われていないだろうか。それに……了承してくれないかな。『いいよ。君となら何処へでも』という感じで……あれ、ちょっと妄想入った! ごちゃごちゃと入り乱れる思考の中、緊張して彼の返事を待ち構える。

「あー……悪い。これ俺のじゃなくて、月宮に貢ぐ用なんだ」

「月宮……さんに?」

「うん」

なにかで胸を貫かれたかと思った。彼は最近はいつもそう。口を開けば月宮月宮月宮……。分からないことはない。月宮さんはとても美人でしっかりしているから……私と違って。私は、そうなんだ……と胸の痛みを隠して偽の笑顔を顔に張り付けた。

「? どうしたの」

愛想笑いがやはり歪なことになっていたのだろう、異変にあっさり気付かれた。尚が顔色を変え、心配そうに私を覗き込む。私は唇を噛みしめ、無理に笑顔を維持する。

「……ううん、なんでも「ああ、ひょっとしてあんたもクレープ貢いで欲しいとかか?」うん?」

なんだか変な方向に話が飛躍している。

「あんたも素直じゃないなあ。OK、買って来てあげるよ。何味がいい?」

「チョコ……って、あ、いやそんな悪いよ!」

慌てて頭を横に振るも、時既に遅く尚はもうクレープを買いに走り出していた。行動が早いなあ……。彼の、あっという間に小さくなった背中を見つめる。想いよ届け、と。

「何乙女チックなことしてるの?」

にゅ、と突然眼前に月宮さんが現れた。わっ!? という間抜けな声が自分の口から漏れる。

「つつつ月宮さん!? いつから……」

「偶然ーとか言ってたところから」

「最初からですか……!」

うわあ、だとすると尚への気持ちがバレてしまっただろうか。彼女は勘が良いから。

「尚がいたからやり過ごそうと隠れてたのよ」

「そうなんですか………」

月宮さんを見つめる。美人に値する顔立ち。抜群のプロポーション。凛々しく、強く、格好いい月宮さん。私も、こういう風だったら、尚も振り向いてくれるんだろうか。ついつい、そんなことを考える。

「なに? 尚ならいつでもあげるわよ」

やはり私の想いなど当に看破されていたようだ。私は苦笑いを返す。本当に、くれたら良いのに、な。

「……ねえ」

「はい?」

「あんな男待つよりも、私とお茶でもしない?」

「……え?」

「ほら、行きましょ」

まさか彼女からそんな誘いが来るとは夢にも思わなかった為、笑顔で硬直していた私を何故か肯定と受け取った月宮さんは私の手を取り早足で歩き出す。

「早く行かないと尚が戻ってくるわ」

なんで急に私とお茶などしたくなったんだろう。懸命に考え、一つの案が飛び出した。

「…………あの、ひょっとして励まそうとしてくれてるんですか?」

言ってから後悔した。これで違っていたら自意識過剰な女だ。恥ずかしすぎる。

「さあね」

月宮さんは少し振り返り普段からは想像出来ないほど――柔らかく微笑んだ、気がした。すぐに顔を前に戻したせいで、良く分からないが。

「月宮さんって……」

「なによ」

「なんでもないです!」

にやにやが止まらない。尚には悪いが、月宮さんにこのまま着いていこうと思えた。尚も尚で、それほど積極的ではないとはいえ、幾らアタックしても私の気持ちにまるで気付かないんだから、少し仕返ししてやる。

「……変な子」

月宮さんはまた少し、笑った。



案外、良い人?
 

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