「オード、この男は私がみていますから、少し休んでください」
ずっとリューを抱えたままシェリアクを睨んでいたオオドリに声がかかった。
「しかし…」
「少しは体力を回復していただかないと」
珍しく、押しの強い笑顔。
「おやすみなさい」
その声に、オオドリは急激に眠気に囚われた。壁際へとたたらを踏み、座りこむ。
「…では、すまない。少し、頼む」
言うなり、オオドリは寝息をたてた。
「頼まれずとも、絶対逃がしません」
日頃にない、氷のような声で呟いた。


<…虎の威を借る狐、というのだったかな?こちらでは>
シェリアクは皮肉げに言った。
オオドリに使ったわずかばかりの<力>は、遠い昔に祖先が神に祝福されたことの遺産の一つ。
「主しか見ない従者に貸す耳はありません」
冷静さを装いながらも、ここ数ヶ月の問い続けたことの、答えを持つ者…
それだけで、負の感情が首をもたげる。

剣が効かないにしても、それはそれで、怨みを晴らす行動を起こすことも無いわけではない。

けれど…。

「神の祝福はふさわしくない者からは奪い去られる」

緑の眼を持つ精霊からの忠告が、残忍な感情の抑えとして働く。

愛し子を守るための脅しの言葉が、計らずも、自分をも守る。

「カーラの森の精霊に感謝なさい」

シェリアクはいぶかしげに眉を寄せたが、そのまま、沈黙した。
その様子に胸がざわめいたが、精霊の言葉がまた理性を引き戻した。幾度も、幾度も。



夜明けの日が差し込み、オオドリが目覚めると、安堵の情がわいた。
シェリアクに、残忍な行為を働かずに済んだ…。同じところに堕ちずに済んだ。

(今度会ったら礼を…………
会ってはくれないか……)

右側にもたれかかる歌姫の寝顔を見て、何となく、そう予感した。
静かに寝息を立てる歌姫を、じっと眺める。
そのアシェスの顔には、氷のような顔ではなく、いつもの、人を幸せにする笑顔が、しばし戻っていた。



<終>



V-6.賢者にまみえる件を読む

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