第三部

□V-8 念願の叶う件
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たまに、疲れからこぼれるものもある。長年に愛読してきた亡き父の遺産を眺め、目をすがめる。
「なまじ有名な<定まらぬ獣>の恰好してやがるから、余計に時間がかかるじゃねえか。
どこに出て来るか分からねぇ」
八つ当たりに近い文句である。
しかし、オオドリは、聞き流し、一冊一冊丁寧に元の場所に納めてゆく。
一度、比較的新しい本のカバーを破いた時は、本当に外へ放り出された。
<保持キープ>という術をかけてあるがかけた時には本が相当脆もろくなっていたので、心して扱わなければいけない。
書庫の奥に入った時、そう注意されていた。
「そのうち写本しゃほん、始めようか?」
ふー、と肩をすくめて息をつくリュー。
「その前にやっつける事やっつけとかんと。写本なあ…願いを叶える精でも見つけて、頼むか?」
「その場合、古さも同じものができるかも!」
たまーに冗談を交わし、それ以外は黙々と、言の葉の司二人は解呪かいじゅのキーワード探しを続けた。





「しかし…カイ達の呼ぶ『オード』とは…ずいぶん不似合いな愛称だな」
オオドリが奥の棚へ行ったのを確認し、書をななめに読みながら、リューに話しかける。
「そう?」
「詩の形式にあるだろう。
Odeは荘重高雅な内容を極めて技巧的に表現した叙情詩の一形式で、頌歌しょうか
時には賦と訳される。
本来はGreekという滅びた世界の言葉で、弦に和して歌う<歌>を意味し、恋歌や酒を歌った優雅な叙情詩、
または劇中の合唱歌を指したらしいぞ。
あいつはあまり『歌』という雰囲気じゃないだろ」
「歌うのは聴いたことないけど…、カイとアシェスの歌うのは好きみたいだよ?」
「ふーん。まぁ俺はオオドリ・マーセナリィを愛称で呼ぶなんてしないからな。
アールだって本当はフルネームで呼んでやった方がいいだろ」
「『オオドリ君』で大丈夫ですー!今更変えたら変に思われるでしょっ!」
「そん時はちゃんと説明してやるよ。
『やっぱりユプシロンの大事さに気付きました、オオドリ・マーセナリィの解呪には全力をつくしますからね。
フルネームで呼ぶのは氏族の<力>も引っ張り出す初歩的な術なのですよ。』」
「でもあたしは『オオドリ君』と呼ぶんですー!」
万感の想いをこめて。
「それに最初の捏造ねつぞうは何」
演技がかったしゃべり方に、苦笑する。ユプシロンが苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「なんだよ、俺のこと大事だろ」
「はいはい、大事ですよ。気付きなおすこともないくらいにはね」
しかし不満顔は直らない。
苦笑して、歩み寄り、リューは子供にするように頭を撫でる。…と、包み込むように抱きしめてきた。
「おつかれさま?」
ぽふぽふと軽く背中を叩いて返す。
「俺、百年に一度あるか無いかってくらい、もの凄く働いてると思う」
「ゆーちゃんは働き者気質だもんね」
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