第三部

□V-5.『黒い風』の起こる件
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アシェスも美形だが、彼はまた違ったタイプの美形だった。年かさも上のようだ。あまり表情の読めない、
少しきつい顔立ち。艶やかな黒髪左右には赤いメッシュを入れ、黒衣こくいをまとっている。
冬だというのに、マントは中の衣装が透けて見えるほどの薄地だ。
この辺りの気候に慣れていない、遠い異国の人なのだろうか?歌詞も全く分からぬし。
それでも、朗々と紡ぎ上げられる見事な曲に、つい、聞き惚れてしまうけれど。
「…外で歌おっか」
曲の合間に、カイが出口に向かった。
「寒くないですか?喉は…」
アシェスは迷わずその隣に進む。
「大丈夫。けっこう…」
言いかけて咳込む。冷気で息が詰まってしまった。
「丈夫って言いたかったんだけど…夜は寒さが凄いね」
涙目で振り返る歌姫に、アシェスは吹き出した。大人びているのに、時々子供に返ったような言動をする。
「一緒に歌わせてもらえるといいんだけど…ダメね。やっぱり知らない曲ばっかり」
新しく始められた曲も知らない。
残念そうに呟き、黒衣の吟遊詩人を見つめる。
「…そうですね…。遠方から来たんでしょうかね」
この辺りの国の伝統的な曲なら、ある程度知っているつもりをしていたが、詩人の奏でる曲が、
どこのものなのか、検討がつかない。
 詩人はポロン、と結びの音を奏でると、それまで伏せていた瞳を、カイたちに向ける。
<……邪魔ならば退散するが。>
その、金色に輝く瞳に、カイは一瞬、ビクリと体を震わせた。詩人はそのことに頓着とんじゃくせず、話を続ける。
<お前たちは、吟遊詩人なのだろう?>
アシェスの抱えた包みを、楽器だと。
「じゃ、邪魔という訳じゃないんですっ!」
あわてて否定するカイ。
「一緒に歌えたらいいな と思ったんですが、知らない歌ばかりだったので……」
<邪魔ではないのか>
詩人の言葉に何度もうなずく。対して詩人は、何を考えているのか、表情が読めない。
<……ならば、お前たちがしばらく、歌うといい。私が合わせる>
その提案通り、カイとアシェスが何曲か、似た形式の曲を演奏すると、詩人は楽を合わせてきた。
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