第三部

□V-5.『黒い風』の起こる件
1ページ/12ページ



 カーラの森から北上し、一行は王都ザニアに着いた。
「…パッと見、平和そうだね」
リューがオオドリのマントに間借りしながら呟く。
「…そうですね」
アシェスの表情に、懐かしさと不可思議さが宿る。
王がいなくなったのに、街並みや人に異変がない。王家のことは噂の端にも上がっていなかった。
どうなっているのか。
アシェスは気がはやる。しかし、日は短く、街中を歩いているうちに、太陽はすでに姿を隠していた。
旅程でもかなり飛ばしたため、誰も文句は言わなかったが、疲れは溜まっているだろう。
告白からも、皆のアシェスに対する態度は変わらない。
オオドリだけは敬う態度がわずかに覗くことがあるが、女性陣の気安さに合わせてくれているらしい。
何もできていない身を、敬われることこそ心苦しいから、それはアシェスの心を少し軽くした。
皆で相談して、宿を取ることに決める。吐く息は明らかに白く、頬に触れる空気は冷たく張り詰めている。
雪こそまだ無いものの、
ザニアはもう、冬を迎えていた。

 *

荷物を片付けたカイはいつも通り、宿の場所を借りて歌を歌わせてもらおうとしたが、
「…先客」
「客、と 言うんでしょうか」
すでに別の吟遊詩人が見事な曲を披露していた。
歌詞は分からないが、不思議な歌声と多絃の琴の絶妙な調和に、歓喜で背中がムズムズする。
「いいなー。自分で弾いて自分で歌えるの…」
カイが羨ましそうに呟く。
「教えますか?五絃で」
「……ハンパじゃなく大変な生徒だと思うよ」
「おや それは。…実は、知ってましたけど」
互いに困ったように笑い合った。そしてまた吟遊詩人を眺める。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ