第三部

□Ex.ζ 秋の夜の夢
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夜は、月光は、何故、こんなにも人を、世界を、儚げに見せるのだろう。
古い世界で、狂気を招くから月光を乙女に浴びせない方針を出したという逸話を、
どことなく得心してしまう。
善い・悪いではなく…失いそうな気になる…不安の発露として。
「何か、ありましたか?」
問いに、カイはクスリと笑った。笑っているのに寂しそうだ。
「いつもと立場が逆…?」
ようやく口を開いた。
それは、カイがいつも気分のままに歌うので、機嫌が良いとか悪いとかが察しやすいからであって。
カイはショールで口元を隠し、わずかに首を傾げる。
「…ねぇ、アーシェ、前に話してくれた<世界>の歌、また聴かせてくれる?」
問いに問いで返され、さらにかなり長い物語を要求された。
遠回しの拒絶。それでも、
「………喜んで。私の歌姫」
アシェスはふわりと自身のショールをカイにかけて、笑って見せた。

人に話すには時間が欲しい事柄もある。
大切なことや重要なことほど。
あるいは、自身にも分からなくて。

隣り合わせてベンチに腰掛け、琴を包みから出した。
夜半ゆえ、抑え気味に、ささやくように歌う。カイだけのために。

アシェスは琴が素晴らしいが、声もまた秀でている。
もやもやとしたものを洗い流すような心地よい揺らぎ。
…人柄もあるのだろうか。
叶うならば、いつまでも聴いていたい。

結びの一節を歌い上げたアシェスの肩に、カイはトン、と頭を預ける。
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