第ニ部

□U-3.アントリアェの森
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民は彼らの必要とするあらゆるものを彼に捧げた。
彼の王室とその臣たちは利己と祝福を悪用することがなかったから。
まして大地はその祝福を民にも恵み深く分けるのだから。
ザニアがザニアであるために。


道化の言葉に従い、今は森の中にいる。
何の疑問も解けず、解決策も見いだせないまま。

何故、城は襲われたのか。
狙いは何なのか。

もしも、自分を見知った者に出会ったとき、すぐには分からないように、髪で、顔の半分を隠してみたけれど。

(『黒い風』…?)

思考までもが行き詰まり、代わりにアシェスは深呼吸した。


「どうしたの?」
カイが目をこすり、体を起こした。
「何も?」
「曲じゃなくて、同じ音をびょんびょん弾いてたけど?」
「……………」
応えずに、空を見上げると、カイもまた一緒に見上げた。

吸い込まれるような満天の星

天の川が見えるのは、この大地が、光る星でできた渦の中にあり、平板なそれを、横から見ているせいだと、誰かに聞いた。

天の渦
ほとばしる、命の最初の飲み物
天界の住人を隔てる大河
花婿を探す妖精の王女のヴェール

瞬く無数の星光の筋に寄せられた数々の物語

星が、流れた。
カイがぽつりと呟く。
「あんまりに星空が綺麗だと、何だか泣きたくなるよね」
先刻の自分と同じ想い。
なのに、あまりにものどかな声。

不意に、アシェスの心の堰が壊れた。
「…っ。人の気も知らないで…!!」
吐き捨てるようなうめきに、カイもまた激昂した。
「わ、分かるわけないじゃん!何も言ってくれてないよ!?
どう思ったの?!
勝手にむくれないで!
人の気持ちが本当に分かる人なんていないんだから!
推測半分で勇気出してかかわってるんだから!!」
夜の森に、カイの高い声が反響する。だが、
「人の気も知らないで…」
アシェスは繰り返し、カイから顔をそむける。
「………っ!」
カイの瞳に、知らず涙が浮かんだ。
会話が成り立たない。
意思が伝わらない。
言いようのない感情に襲われ、ぐっと胸元を掴む。言うべき言葉を探し出せないときの癖だ。
普段だったら三度は呼吸をしていそうな時間、息を詰めた後。カイはバッと寝床から毛布をつかみ取ると、足音も荒く歩き出した。
さすがにアシェスがチラリと視線を投げる。
「花摘みですか?」
「そうね。アシェスの気が静まるくらいものすっごく摘んでくるから朝までかかるかもね!」
このままなら一緒には過ごしたくないと。
「カイ…!」
立ち上がり、引き留めようとする。だが、その声が届く前に、森の草木が歌姫の姿を待ちかねていたように隠してしまう。
アシェスといたくないという意思を尊重して。
彼女は祝福されし、森の愛めぐし子。
そしてアシェスもまた別の<祝福>の恩恵により、彼女の特質を見抜く。
彼女と異なり、隠れている精霊達を見ることは出来ないが、彼らにかかわる人間の気配は、小さな頃から、不思議とわかった。
その感覚を共有してくれた父は、今はもう、いない…。

ずるりと木にもたれかかり、だらしなく座り込む。
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