第ニ部

□U-3.アントリアェの森
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 アントリアェの森は広大だ。
中に狩人や森番の建てた小屋が点在するが、幾度かは露天で過ごさなくてはならないほどの広さを誇る。
だが、カイは迷わず街道ではなく森の道を選んだ。
そして、幾度目かの野営の準備に、二人は追われていた。

「そろそろ葉も色が変わってきたね。あと二か月もしたら雪かなぁ」
カイが木の枝にハンモックを吊しながら、火の支度をするアシェスに声をかける。
だがアシェスは作業に夢中…というよりは、また物思いにふけった様子で応えない。
「とうっ!」
「!?」
不意に背中を突かれ、振り返る
「胃とか、痛そうだなーと…」
「…それで背中を突いてくるんですか…?」
歌姫の突飛さと、自分の気の弛みに呆れて息をもらす。
武道をたしなんだ者が背中を取られるなんて。
「もういっそ、溜め込んだもの吐き出しちゃえばいいのに…」
溜め息すら控えめなアシェスに、カイは小声で呟いた。
「え…?」
聞き漏らしたアシェスに、その前の回答を告げる。
「胃が悪いとここが強ばるのよ。右の肩甲骨の下。
心臓が悪いときは左腕。
二の腕が痛いなーと思っても、ダメージ受けてるのは手首の上の筋肉だったり。
首を寝違えたと思ったら、腕の血行不良のダメージだったり
頭がガンガンするーと思ったら実は目が疲れてたり」
口に出すのは控えるが、月が通るの時にはかかとのキワが。
カイの知識…経験則にぽかん、と聞き入る。
「人の体って意外なところで繋がってるのよ?」
今度はそっと背中に手を当てる。温かな感触に、ほっと息をつく。
「…心配をかけてすみません…」
謝るアシェスの服を、すねた顔でぎゅーっと引っ張る。
「???
どうしたいんですか???」
少しだけ息苦しい。
「……………」
カイはさらにすねてむくれた顔をすると、ていっと両手でアシェスから突き放した。
木々に吊るしたハンモックに上がる。
まだ察しないアシェスに頬杖をついて繰り返す。
「ヒトって、意外なところで繋がってるのよ?」
「それはさっき聞きましたが…」
困った顔で、頬をかく。
だが、張り詰めたよう気配は なりを潜めた。
それを見て取り、カイは表情をゆるめて微笑む。
「謎なら、自分で解いてくださーい♪」
即興で節をつけて歌い、困惑笑顔のアシェスを後ろ目に、寝床づくりにいそしんだ。



 穏やかに時は経ち、天には枝葉の影と星月の影。
歌姫は可愛らしい寝息を立てる。
泣きたくなるくらい美しい夜。
鎮魂歌を奏でながら、何度も、城で起こったことを考える。
じっと夜空を見上げて、溜め息すら、詰まらせて。

 何故?
 どうすれば?

ふとした折に、思考があの夜へと飛ぶ。
月を見上げる度に、
琴を調律する度に、
ショールの紐を結ぶ度に、
荷物を肩へとかける度に。


 ほんの数分前は、心浮く夜だった。
宴に出る準備をしながら、月が綺麗だから詩でも吟じようかと、ゲストはどんな曲を所望するだろうかと思案していた。
―――なのに。
訃報ふほうに激変した世界。
小さな頃から王族のそばにいた道化が旅支度をアシェスに施し、城を出た。
逃がしてもらった。
守るべき臣民をおいて―――


『―――まずは生き延びなさい、大地の旦那。
ここには旦那達の血が必要なんだ。』


かつて神に祝福された王の血筋。
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