第ニ部

□U-2.調和者の楽
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「…………恵み深き<森>の御方ですね?」
驚き、息をのみながらも確認したアシェスに、及第を与えるように軽く目を伏せた。
「恵みが何故与えられているのかを、決してお忘れにならぬように。お隠れになられた御方の栄誉を汚さぬように心がけることです、<祝福>を受けたる御仁よ」
ほのめかされたことは……。
「……っ!!」
パッと手に取っていた髪を離す。だが、弁解する間もなく、深緑の輝きは消え、歌姫は穏やかに寝息をたてるばかりだった。



「どうかした?おなかでも痛い?」
 明るい日差しの中、カイが間近にのぞき込んでいた。驚いてのけぞるアシェスに、カイは自分の眉間を指差して、眉に皺が寄ってることを伝える。
「おなかじゃないですよ」
先日、訳ありで安くなったメニューに挑戦し、涙目になりながらも完食したことを思い出して苦笑した。
「本当?でも気をつけてね?ちょっとおなかを壊すくらい、って思うんだろうけど、傷んだ食べ物ってけっこう体に悪いんだからね!」
むうと唇をとがらせ、説く。
「でも、それでも“ありがたい”と思って食べる方もいるのですよね?」
「…それは、いるよ…」
少し肩を落とし、声も小さくなる。
グラフィアスや精霊が親切にしてくれるから、森の恵みを分けてもらえることが多いが、もし、それが無ければカイだってその仲間入りをしていたかもしれない。
後で体調を崩すよりも、今の飢えをしのぐ方が重要な時だってある。
「でも、知らないその人たちよりも、あたしはアーシェのおなかの方が大事」
説教というよりも、心配の色の方が強くなった。
「だし、アーシェはそこまでしなくても本当は大丈夫なはずなお金を得ているでしょう?」
折半しているカイが、そこまでしなくて済むのだから。
「親切するのはいいけど、自分を壊さないように気をつけていかなきゃダメだよ。
一回ぼーん!と大金を手にするより、チマチマでもこまめに継続して渡していく方が、向こうもペース掴みやすいだろうし」
毎回同じ人に親切しているわけではないが。
「誰かを幸せにしたいなら、自分にも余裕を用意しとかないと、続かないよ?」
きゅっと琴弾きの繊細な指に手を重ねる。
「でも………」
アシェスは唇を噛み、眉を寄せた。
悔しいと言うよりも、嘆いているように見える。
どうして、そんなにも。
「………アーシェって、どうして旅を始めたの?」
 疑問は少し方向を変えて 打ち出された。
唐突な話題の変化に、アシェスが軽く口を開けてぽかん、とする。
ああ、まだこんな顔の方が良い。
カイが悪戯っぽく笑う。
「詳しく言うのが嫌だったら、匂わせるだけでも良いから。
急を要する密使なのに、私に引き留められちゃったー!とか、ない?」
「それはどれだけ責任感が無いんですか…」
そして、どれだけこの歌姫に心を奪われた状態なのだろう。
「だって、あのお姉さんにかなり強引に引きずられそうだったしね」
そしてカイには見事に引っ張り込まれた。
「…誰の使いでもありません…」
次の言葉まで、かなり間が空く。
「居場所を失ったというか、逃げ出したというか………………
…………何ですか?その手は」
アシェスのアゴの下に、カイが手の平を差し出していた。ハッと我に返り、慌てて引っ込める。
「な、泣くかと…」
それにはコメントせず、くすり、と、痛そうに笑った。
チクリと胸が痛む。
「………カイは?」
旅の理由を尋ね返されたのだと察するまでに数秒かかった。それほど動揺していると気づき、さらに動揺を深める。
「あたしは思い切り逃げ出したの。実家とかでちょっとごたごたがあって…巻き込まれるのはもうゴメンー!って感じで。大逃走」
シニカルに笑い、肩をすくめる。
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