第ニ部

□U-2.調和者の楽
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「さぁ、今日も気の向くままに、いざ行かん!」
 台詞調にビッと道を指差すカイを、アシェス、とだけ名乗った青年はまぶしそうに目を細めた。
半分顔を隠すようにおろした前髪に、カイが「目が悪くならない?」と心配しても、変える気はないらしい。
傷でもあるのかと心配したが、風の具合で現れた左側も、十二分に綺麗だった。
王子様みたい、と言ったあの夜の女の感性に、カイも共感しないでもない。
ただ、一国の王子がお金に困って野宿したり、女の人に食事を奢ってもらったり、いや、まず、お伴もなく田舎町をほっつき歩くというのは、現実的でない。
(せいぜい、王子のお気に入りだった楽人、ってとこよねー)
それなら、美形も、琴の腕も、納得できる。
――そしてきっと、気に入られすぎて城から出されないくらい寵愛を受けていて、これほど世間知らずになったのだ。
カイは想像を膨らませる。



 一緒に旅を始めて、はや三週間。
大きめの村や、町に数日滞在し、公園や、宿で歌を披露して日銭を稼ぐ日々。
ずっと、ある事情から歌だけで客を喜ばせていたカイだが、琴の伴奏がつくと、その反応はさらに盛り上がった。

拾って正解!

ジャラッと投げ入れられたおひねりの量に、カイはグッとこぶしを握る。

公園の芝生に敷物を広げ、普通よりは遅い昼休憩始める。
「あ、私がしますよ」
湯の保温水筒を取り出したカイに、勝手を覚えたアシェスが申し出た。
カップに茶葉を一匙入れ、湯を注ぐ。浮いた茶葉が沈むと飲み頃だ。カイの分にはそこに蜂蜜を加える。
受け取ったカイはお茶の香りに、ふわん、と頬をゆるめた。
アシェスもつられて笑う。
晩夏の昼時は穏やかで、公園に設置された噴水と人工の小川がサラサラと涼しげな音を立てる。子供達が手やつま先を水につけるが、完全に浸かってしまう子はもういなかった。
それでも、水を掛けあったり、追いかけあったり。笑い声が場の和やかさを増す。
「そろそろ、次のとこに行ってみようか?」
カイがサンドイッチを頬張り、提案した。アシェスが、穏やかな碧の目で、続く言葉を待つ。
「宿の支払いとか全部終わったらまたアシェスの分を渡すね。
あ!でも、もし何か欲しい物とかあったら先に渡すから言ってね?」
カイの物言いに、アシェスは苦笑混じりに頷いた。
不思議と嫌な気はしない。
ふわふわの髪をした歌姫は、すんなりとアシェスの心に居場所を作っていた。

 最初はその日その日で分け合っていたのだが、あるとき「おめぐみを」の言葉に
親切すぎるアシェスが宿代や食費まで渡してしまったことがきっかけで、軽く喧嘩になった。
「私は野宿しますからカイは宿へ」と言ってのけたアシェスの義心を認めつつも、
「あたし、相方を野宿させるほど、非道じゃないわ」
ビシッと胸を張り宣言した。
だが、その日はカイの取り分だけでは二部屋取ることができないから、相部屋にすると。
その選択は、視点を変えると、とてつもなく非道なのだと、美しい乙女は思わなかった。いや、認めなかった。
「……カイって、実は意地っ張りですよね」
「アーシェだって、優しい顔して実は頑固なんでしょ?!」
二人とも笑顔で言い合う。
その場面に居合わせた人々はニヤニヤと面白そうに見守った。
それぞれ互いを思いやってのケンカは、端から見る分には微笑ましい。
その晩は、しびれを切らした宿の店主が二人を一つの部屋へ押し込むことで決着した。
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