第一部

□Ex.β魔界の王の邪念
1ページ/1ページ



時をしばし遡る。


 『夢食い』がふるさとの地に戻り
オオドリが悪意ある風に翻弄されていた頃。

 広場の空間を、そっくり魔界へと界層を切り替えるという大技を行ったイータ、もといエータは、無意識のうちに異母兄のもとへ飛んでいた。
「戻ったのか!」
壮麗な宮殿の玉座で、退屈そうに座っていた青年王は、弟の姿に立ち上がる。
嬉々として歩み寄り、その肩に触れようとして、実体ではないことに気付く。
「戻った訳じゃないよ、アリス。
ちょっと不安定なまま<力>を使ったから、引き寄せられたんだね」
自分とよく似た力を持つ者のもとへ。消耗した<力>を補おうと。
精神だけの体を、人と触れ合えるように調整していたが、それも今はあやうい。
そんな弟の姿に、青年王は忌々しげに口を歪めた。瞳さえ、血のように赤く変わる。
「まだあの女は動かないのか?」
尋ねる。可愛い弟を現状に追い込んだ女のことを。
「あの女なんて呼ばないで、アリス」
ムッと軽く唇を突き出す。
反抗され、さらに怒りを募らせる。その因となった娘へ。
「お前を困らせるヤツなんてそれで十分だ」
「十分じゃないよ、アリス。
リューっていう可愛い呼び名が………。
やめよう、こんなことを話しにきたんじゃ無いんだから」
「…そうだな」
ふたり、いっとき顔をそらし、溜息をつく。
改めて手を差し伸ばしたのは青年王の方からだった。
手を取り、己の<力>を弟へ分ける。
「それで、お前のリューは変化がないのか?」
再び尋ねる。肯定を予測して。
変化がないからこそ、弟はこんな状態なのだ。
「あったよ、アリス」
微笑む弟に、青年王は動きを止めた。
「リューは動き始めた」
あらためて微笑む。
「動いたのか?あの、全っ然、動かなかった女が?!」
驚愕する兄に、エータは蒼い炎を瞳に秘し、微笑む。
「見つけたみたい。手に入れたい存在を」
アルファがオオドリを見つけた瞬間。
それが、自分が目覚めた瞬間。
世界を遡及(そきゅう)して<視>て、封印から長い…人にとっては長い時間が経ったことを知った。
「ふん。そいつを当て馬にして発情を促してかっさらうんだな?」
「………………………アリス?」
口の悪い兄に、ひんやりと笑う。
だが青年王は悪びれた様子もなく、自分の明察に胸をはった。
「しかし、あの女のどこがいいんだ?
顔はともかく、変だぞ、絶対」
「全部だけど?」
真面目な顔で言い切る。
青年王は女の好みは違うな、と、この件を打ち切り、娯楽へ誘おうとした。しかし
「あ、呼んでるみたい。ごめん、ありがとうアリス」
現れたときと同様に、不意に姿を消した。
「呼んでるって、誰がだよ」
弟に振られ、どっかりと不機嫌に玉座へ戻った。
「くそっ。久々に会えたのに全然話してない。
それもこれも元はといえば人間の…、あの女のせいだ」
弟に振られ、兄は寂しい。
「リーク」
「御前(おんまえ)に」
呼びかけに、黒衣の無表情な男がスッと現れ跪いた。
「あの女に嫌がらせを仕掛けるぞ」
「………。あの女と言われますのは」
「エータを封印しておきながら、自分はほいほい遊んでる女だよ」
「アルファ・リュンキスのことでしょうか」
「他に誰がいる」
「いえ。かの女(むすめ)が持ち上がるのは久しいので」
「そうか?ああ、イオが少し沈んでいたからそっちにかまけてたか?
そうだな。あいつの両親(ふたおや)が死んだときに幻を見せて以来か」
それがきっかけでリューがエータを封印したとは、青年王は思いもしない。
「…嫌がらせとは、どういったものをお考えでしょうか?」
男が確認する。
「あいつが困るなら、どんな手を使ってもいい。
そうだな…」
しばし考え込んだ後、結界を張り、小物の精霊達さえ追い出した。
なまなかな存在では王たる青年を阻めぬが、皆無ではない。しかもそれは、精霊達を耳や目のように使う。
念入りに妨害を退け、それでもこっそりと、耳打ちした。
内容に、男は目を見開いたが、すぐ無表情に戻る。
承知しました、と言い置くと、風のように去った。



 結界を解くと、ちょうど愛妃と侍女達が笑いながら入ってくる。
「………残念だったな」
もう少し早ければ…
青年王の言葉に、愛妃は首をかしげ、ふわりと微笑む。
その長い金の巻き毛に指を絡め、口付けする。
愛妃のまとう花の香に、一時、王の瞳は金属的な青に変わるが、すぐ、赤色に戻る。
王の怒りを反映して より一層、赤く。

「泣きわめけよ。エータを拒むヤツなんか」

 玉座に身を沈め、青年王は楽しげに…歪んだ笑みを、浮かべた。




<了>



次の話を読む
想刻トップへ戻る

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ