第一部

□Ex.υ 影の追憶
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小さな人の形をした…妖精達は、歌うように告げた。
従妹が神の花嫁に選ばれたこと。血族は<エーリダニー>として、神の恩恵を強く受けること。その「神」が誰なのか、確認する間もなく、<御使い>は去った。

 教会の司祭に尋ねれば、厳かな光の中、告げた。
「エーリダニーとは、神の花嫁の外戚に冠された称号。この世のうちに、常ならぬ恩恵を受ける幸運な方々。花嫁は、婚約中、選ばれた日の姿を保つと伝わります」
 従妹が花嫁に選ばれたことで、血族に恩恵…加護や<力>が与えられると。
「…もし、花嫁になることを拒否したら?」
不意に思い、尋ねる。
「そんなことは、あり得ないでしょうが…」
神を慕うものは困惑しても
「それでも、慈悲深い神の法は変わらず働くことでしょう」
何の疑問も持たずに微笑んだ。



 やがて、マーイョリスの館に手紙が届いた。従妹が生家を出たことを知らせ、もし本家を訪ねることがあればよしなに頼む、という旨。

 彼女は拒んだ。
 神の花嫁となることを。



「ゆーちゃんだ…」
1年後。従妹が門の前に座っていた。疲れ果てた表情。服はひどく擦り切れ、悪い意味で人目についていた。
「あたし、分かる?」
「………分かるよ、アール」
会ってから2年は経つのに、ほとんど変わりなかった。分からないわけがない。
「おいで」
不自然に時を止められた従妹を、招き入れた。



「……聞いた?」
メイドの手で綺麗に洗われた従妹は、表情の無さが余計に際立った。
「おかげで、順風満帆に出世して、若輩の身で、家まで継いだよ」
冗談めかして言ったのに
「じゃあ、ゆーちゃんは、あたしがこのままの方がいいね」
真面目に返してくる。
「…親族を生け贄にして得た安泰なんて、いつでも返上する。俺は有能だからな!」
胸を張って宣言する。と、
「…ゆーちゃんて、自信家だったんだ」
従妹がやっと、笑った。微かなものだったけれど。


「…エータがね、神様の末っ子だったんだって」
 温めたミルクを飲みながら、ぽつりと、落とすように話し始める。
「<統治>っていう神様の。…で、人間の世界の管理者なんだって。あの野原にも、初めはお仕事に来てたみたい」
「…眠る度にね、夢を、見るの。
あの日、エータがあたしを好…
真っ黒い神様が現れて…」
肩が震え、小さな雫が落ちる。泣きながら、彼女が聞いた<神>の言葉を復唱する。迷うことなく、読み上げるように。それほど、繰り返されたのだ。彼女の中で。
「毎日、あたしは同じなの。怪我をしても、髪を切っても、日付が変わる度に、あたしは戻る」
エータが求婚した姿に。
婚約者が神にふさわしい資質を持つまで、その美しさが変わらぬように。
そう取り決められた法だと。



 夜中に様子を見に行けば、眠っているのに、その頬を濡らしていた。ぬぐっても、ぬぐっても、涙は止まない。けれど、瞼の赤みが、日付を境に消えた。
<時の輪>を、目の当たりにする。
「神の末子…ね」
そうと知れば、あの不思議な雰囲気も納得できた。神と人間では、持ちうる時間が遙かに違うそうだから。それに、何をしてるのか分からないが、管理者ともなれば、様々な制約を受けているだろう。
「………もっと…」
 楽に恋愛できたらいいのに
 別の人間を選べば良かったのに
願った時点で叶わぬと分かることを、考えてしまう。
「せめて、今宵は良い夢を」
従妹の耳元で囁き、部屋を出た。



 それからの彼女は、生家にいたときのような輝きはなく、ぼーっとしていることが多かった。
ゆらゆらと頼りなく、消えてしまいそうな風情に、つい体を掴まえ、抱き寄せる。
それに抵抗することもなく、寄り添って過ごし、そのまま寝入ることが半ば習慣になっていった。
 大分館に馴染んで来た頃、腕の中の従妹に思い切って尋ねてみた。
「今まで、アールは、何をしていたんだ?」
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