第一部

□Ex.υ 影の追憶
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「ゆーうーちゃん∨」
焦(じ)らすような声が、背後から。
「ついたー!」
軽く背中を叩き、従妹は一目散に駆ける。
エータのもとへ。
エータは慣れた様子で彼女を抱き上げた。
「ふふふふふぅっ!ゆーちゃんの オ・ニ!」
誇らしげに胸を張る。
「それは、卑怯だ!」
指摘に、わざとらしく高笑いする。
「あたしはちっちゃいから、ハンデだもん♪」
エータもニコニコと笑っている。
「捕まえるからな!」
わぁわぁと走り回る。
緩急をつけて、方向を読んで、フェイントをかけて。
シンプルな遊びに、思いがけず、熱中する。
きっと、従妹が…それ以上にエータが、楽しそうだったからだ。
 何度となく鬼を交代し、疲れ、野原に座り込む。
エータの合図で妖精たちは姿を消した。
「…あれ、妖精、だよな」
「うん、呼んだんだ」
サラリと返す。今日が晴れだ、と言うのと同じ調子で。
「魔術師協会の見習い、とか?」
「ああ、最近はそういう組織を作り始めたらしいね」
人懐こく笑う。
最近?自分が生まれる前からあった気がするけど…。

「はい、ゆーちゃん!」
ぽふっ。
不意に、花冠を載せられる。
「次はエータの作るね♪」
鼻歌混じりに花を摘む。
「………ありが、とう」
驚きで返事が遅れた。女のコは本当に花で遊ぶのか。
「どうやって作るの?」
エータの問いに、実際に作りながら説明していく。摘む係と編む係に分かれて、身長並みに編んだのが二人の最高記録だそうだ。
「器用なもんだ」
載せられた冠を眺め、呟く。従妹は自慢げに口の端を上げた。
説明を聞き終えると、エータは小さく何かを呟いてから、何かを作り始めた。
一緒に花冠を作る気にはなれなかったので、所在なく、寝転ぶ。
馬車の中で感じていた眠気が、一気に押し寄せた。



「ゆーちゃん」
ゆさゆさと、体が揺れる。
「もう帰るよー」

ゆさゆさ。
ゆさゆさ。

きゅうっ。

「たっ!」

「おそよー∨」
「つねらなくても…」
まだ痛む手の甲をさする。
「…あ…」
夜のとばりは完全に降り、満月が二つに重なって見えた。そして、昼の光の中、白く揺れていた花は、深い青色に変じていた。
その神秘に、息をのむ。
「綺麗でしょ?」
広い野原を眺めながら、我がことのように自慢する。
「青いお花は妖精が好きなんだよ?
ここには、妖精がいっぱい出るの。エータに初めて会ったのもここだったんだー」
「…その、エータは?」
「もう帰ったよ?
あ、見てー!これ、エータにもらったの∨」
ずいっと左手を突き出してくる。その薬指に、花の指輪。あまりに嬉しそうな様子に、ついこちらも笑ってしまう。
「エータは近くの子なのか?」
「…しらない」
驚いた表情で、答えた。
「エータって名前しか、知らないよ」
うわぁ、とうろたえるが、すぐに
「ま、いいか」
ここで遊べば良いんだし、と 空を仰いだ。
金の双月から白く降る光が、従妹を包む。
「帰ろー」
ひょいっと、また手をつないでくる。
…どうも、まだ、男女の慎みとかとは無縁なようだ。薬指の指輪も、深い意味は分かってないんじゃなかろうか。



 それから、滞在中はずっと、昼は従妹とエータと遊び続けた。野原で、少し遠出して、川で、森で。
 エータは不思議な少年だった。
会う前や別れた後は、あれこれと質問しようと考えていても、会った瞬間、そんなことがどうでもいいような…些細なことに感じて、何も訊けなかった。
エータから話すことは、天気や風の気配、実りの育ち具合など他愛ない、日常のことばかりだった。
具体的に何を話していたのかなんて、思い出せないけれど、何も知らなくても、知っているような感覚だった。
沈黙の中に雄弁があった。
わずかな日々なのに、鮮やかな記憶。



 *  *



 自分が都に戻って、しばらく経った頃、従妹と近い血縁者のもとに、<御使い>が現れた。
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