第一部

□Ex.υ 影の追憶
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 影の追憶
 


 深い深い 森。
太古の亡霊が住んでいると子供達に噂されるような、うっそうとした。
日々の糧のために入り慣れた大人でも、古くに道を敷くことを許された、
特定の場所までしか入らない
時に畏れをもって<精霊の森>あるいはただ<森>と呼ばれる地。
 その、人の入り込むぎりぎりの場所に、こつ然と、古めかしい邸宅があった。
その屋敷の記録は近隣の街には残されていない。
建築様式に詳しい者であれば、その違和をさらに強調したかも知れない。
だが、いつの間にか、それはそこにあった。
 館の主にして唯一の住人は、黒髪のつややかな若い男。
隠棲を要する訳ありだと匂わせながら、それでも、優美な姿と声、
そしてその年に似つかわしくない豊かな知識をもって、街の住人に、
ひっそりとその存在を認識させて過ごしていた。



「エーリダニー」
 床に伏せていた甘栗色の髪の少女が、身を起こす。
大きな瞳から、一筋の涙が落ちた。
「…水?」
少女は不思議そうに頬をぬぐう。
その瞳は、森を映したように鮮やかな緑をしていた。
「…そんなとこに水を入れた覚えはないんだがな」
エーリダニーと呼ばれた主は首を傾げながら、少女を立ち上がらせた。
そして、まじまじと少女を見つめ、自分の魔術の出来映えと、
協力者への感謝に、満足そうに笑った。
「協力をありがとう、あと、『ユプシロン』でいいよ、エルライ」
彼特製の人形に入って過ごす、という奇特な契約をしてくれた精霊へ。

そして彼は、モデルの少女と過去に、想いを馳せた。


 *



 ふわり、と 長い髪が風になびく。
好奇心の強い瞳が、母親の陰から覗く。
親たちは久々の再会を喜び、会話を弾ませている。
以前会って以来の出来事を余すことなく話そうとしているかのようだ。
従妹(いとこ)が、無邪気に笑った。
「はじめまして」
「初めまして。ユプシロン・ウルサェ・マーイョリスだよ」
差し出された手を軽く握る。
「じゃあ、ゆーちゃん!こっち、来て」
握った手をそのまま引き、従妹は走り出した。
屋敷を出て、庭を抜け、野原に出る。

一面の、白い花。

後ろから、優しい声が、従妹を呼んだ。
振り向くと、少年が立っていた。
やわらかそうな金の髪、空を映したような鮮やかな青の瞳。
自分と同じか、少し下に見える。
「エータ」
従妹がぴょこっと背伸びする。
「ゆーちゃんだよ!従兄(いとこ)なの!」
握ったままの手を、ブンブンと盛大に振り回し、紹介する。
「へえ、こんにちは、ユウ」
従妹に笑顔で応じた後、同質の笑みを向けてくる。
年のわりに落ち着いた、不思議な雰囲気の少年だった。
「…あまり、似てないんだね。
いや、似てる…?」
見比べて、首を傾げる。
「多分、こっちは母親似で、俺は父親似だよ。
でも、母親同士が一卵性の双子だから、どこかは似てるかもね」
説明すると、エータは納得したように笑った。
「君達は、普通の従兄妹(いとこ)よりも近いんだね」
…遺伝子だけ考えると、異父兄妹のようなものか?
兄弟自体いないから、よく分からないけど。

「今日は、何をする?」
 エータがにこにこと訪ねた。
「ゆーちゃんと一緒に…
ねぇ、何して遊ぶ?」
クルリと、振り返る。
「え?」
言葉に詰まる。
何もない野原で、遊ぶ。
それは、いつ以来の事だ?
「<鬼ごっこ>って三人ならできる?」
エータが、少し目を輝かせた。
したいのか?
「でも、こんなに広いと捕まえるのが大変だ」
苦笑すると、エータは従妹と俺を交互に見た後、ふわりとやわらかな動きで手を掲げた。
「この範囲なら、どう?」
四方に、昼にさえ輝く光が現れる。
「ああ、…うん…」
少年の<力>に気がとられ、曖昧(あいまい)に返す。
「じゃあ、鬼決めじゃんけんー!」
明るい声で従妹が音頭をとる。
が、すぐに彼女が負ける…。軟らかな手が離された。
「ちぃー。じゃ、数えるよー?10ねー?」
好奇心から、光の元へ行くと、それは小さな体の妖精だった。
明らかな好奇の目に、妖精は心地悪そうに身をよじる。
不満げな瞳に、不意にいたずらめいた光が浮かんだ。
同時に
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