第一部

□T-3 ケンカ腰に話す件
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ケンカ腰に話す件

 日が、暮れる。
空が、橙と、紫がかった青に染まる。
雲が、去りゆく太陽の腕を反射して、金色こんじきに輝く。

「空が広いねぇ」
踏み固められただけの。
だがれっきとした「道」に立ち、リューは嬉しそうに手をかざした。



 人狼を退治したものの、その住処すみかは道から遙かに外れていた。
夜が明けて見れば、どれがオオドリを導いた石だったのかすら分からない。
そもそも、本当に、石だったのかすら、あやうい。

 森の深部は昼なお暗く。
かすかに届く光を浴びようと、木々や草花が螺旋を描いた。
何の目印もない森は、迷路よりも複雑だ。
森林浴や登山は「道」をたどっているに過ぎない。
そして、それが、賢明なのだ。
外れれば、「遭難」なのだから。

 背よりも高い草をかき分け、ぬかるみにはまり。
ヤブ蚊に遭遇し。
小川に落ちかけ。
森を出られた今、泥まみれになりつつも怪我らしい怪我がないのは、
日頃の行いの良さか、それとも、小さな魔術師の導きか。

オオドリは同行者を見やる。

ウサギやリスならば、まだ出会い頭に出会ったとしてもまだいいが、
鹿やイノシシなどの大型かつ集団行動をとる動物になると、シャレにならない。
リューは、彼らが近づいてくるのを察知し、うまく遭遇を避けた。



「普通は動物より、人狼の方を避けるのにねぇ」
オオドリの感心に、リューは笑う。
「・・・恐怖心があり逃げ腰になっている相手の方が、すぐに決着がつく」
興奮して、痛みも命の尽きるのもかまわずにかかってくる存在の方が、
オオドリにとっては難敵だった。
「ふーん?」
そういう考え方もあるんだ?という風に首を傾げる。
半刻ほど歩いた頃、黄昏たそがれに染まった視界に、ふっと灯りがともった。
「あ!町だね!」
ダッシュで駆け出す。

どこにあんな元気が・・・

謎にながらも、オオドリははぐれないように追い掛けた。
しかしその心配は無用のものだった。
通りに、人がいない。
着いたばかりのオオドリとリュー以外には。
リューが不思議そうにあたりを見回す。
小さな体をくるりと回転させる様は、まるで何かの舞のようだ。
「・・・どうしたんだろうな?日は落ちたばかりだというのに」
しかも、灯りの灯っている家は、わずか数軒だけだ。
「・・・とりあえず、宿屋さんに行こっか」
だいぶ傷んだ案内板を見上げて、リューが提案した。
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