第一部

□Ex.η 神の末子の望み
1ページ/3ページ


神の末子の望み


さや さや …
青草が揺れる。
特有の香りが鼻をつく。
目を開けると、三日月が剣のように清冽な光を放っていた。
その光を受けて、青い花が淡く輝く。
青い花の咲く地には、妖精達がよく集う。
草原くさはらに身を沈め、また目を閉じるる。
風が頬を撫でる。
乗じて、甘い、よい香りが届いた。
声、も。
高い、少女の声。

「三重三日月の星の夜♪
妖精たちは舞い踊り
世界を描く
くるくる くるり
ふわふわ ふわり
私は世界を 抱きしめる♪」

可愛い歌を口ずさむ。

少しずつ近づいた声が、ピタリとやむ。
どうしたのかと目を開けると、少女が覗き込んでいた。

「!」

少女が、のけぞる。
照れたような、困ったような、笑顔。
月の光が輝きを増す。
「…聴いてた?」
少女の問いに、歌い止めた理由を悟る。
一人だから、気ままに歌っていたのに、 僕に、気付いてしまった。
体を起こし、改めて少女に向かい合う。

腰にかかる甘栗色の髪。
乙女と呼ぶにはまだ幼い。
赤く輝く瞳は、好奇心に満ちて。
「お名前は?
あたしは、アルファ・リュンキスって言うんだよ?」
名を教えると、小さく繰り返し、嬉しそうに笑った。
つられて、頬がゆるむ。

「今日は、良い夜だよ」
大きな声で言うと、それが逃げてしまうかのように。
人差し指を唇にあてて呟いた。
月が、中天に届きまるで舟のように輝く。
すると、淡く光る妖精が次々と姿を現した。
円になり、青い花に酔いながらクルクルと踊る。
まるで彼女の歌のように。
それは、人間の踊り子には到達し難い領域。
少女は、ニコニコと嬉しそうに眺める。
妖精は少女の周りを飛び交うものの、イタズラはしない。
互いに線を引きながら、認識し合う。
好意的に。


それは、とても懐かしい感覚を僕の胸に残した。




風が吹き、景色が一変する。

昼の、野原。
月の光で青く薫る花は
太陽の下で白く澄ます。
少女が、名を呼び、駆けてくる。
手を振り、何がそんなに笑わせるのか、不思議なくらいの笑顔。
転んだ彼女に差し出した手は、何のためらいもなく、取られた。

愛しく、光にかすむ日々。

期待を、した。
世界を抱きしめると言うのなら、僕も抱きしめてくれるのではないかと。


怖くなった。
このままでは彼女をすぐに失うと。

奪われたくなかった。
他の男にも。
時間にも。

失いたく、なかった。



一言で、世界が、闇に染まる。
まるで朔日さくじつのように。
彼女からこぼれ落ち、混じりあった苦い涙。

怒り
否定
抗議
悲鳴

狂乱。

彼女から笑顔が消える。
彼女が壊れていく。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ