第一部

□T-2 人狼に襲われる件
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 空に、満ちた月。
異形の影が、鼻をひくつかせる。
「女だ」
「女だ」
「女だ」
低い、歓喜を伴う声が一つ漏れると、幾つもの声がそれに唱和した。
森が震えるようにざわめく。
「しかも、忌々しい匂いががする」
高慢そうな声が呟く。
忌々しく、同時に何よりも芳しい。
けれど呪わしい。
仕えた我らを堕とした主。
「さらって来い、いつもの通り」
それは、愛情の裏返し。
代償行為。
八つ当たり。
巻き込まれた者の運命を狂わせるはた迷惑な。
けれど。
幾つもの遠吠えが響き、匂いの源へと移動した。



「? なんか、寒いねー」
 森の中で野宿の支度をしていたリューが、ふるる、と身震いした。
「夜は冷えるからな。毛布にくるまっていろ」
リューが集めた枯れ枝を受け取り、オオドリは手際よく火を起こす。
「んー?」
大人しく毛布にくるまったものの、リューが首を傾げる。
「どうした」
「あんまり、変わんない」
「風邪でもひいたか?」
「んんー」
ててて、とオオドリに歩み寄り、背中にくっつく。柔らかな感触。
「あ、これなら温かい!」
「私には暑い」
ひょい、と猫のようにつまんで引き離す。
「…私はリューの何倍も着込んでるようなものなんだが?」
グローブもはめ、マントは2枚重ね。そして自前の、毛皮。
「オオドリ君のけちー」
マントをきゅっと握る。
「けちでいい」
言いながらも、マントを外し、リューに巻き付ける。
もこもこになったリューは、それはそれで満足そうに笑う。
「えへへ、前言撤回」
ぽふっとオオドリの背中にくっついて、焼き固めたナッツ菓子を食事代わりに食べ始める。
オオドリが、沸かした湯に乾し肉を削ぎ入れた、ごく簡単なスープを作る。
「草とか摘んできた方がいい?」
背中越しにリューが尋ねる。
「体調が悪いのなら無理をするな。味の物足りなさは我慢しろ」
言葉は簡潔だが、優しい。
「ちゃんとおいしいよ」
「そうか?」
「うん!」
とてつもなくシンプルなだけで。
「………」
 食事を終えると、リューが静かになる。様子を確認すると、寝息をたてていた。
オオドリは軽く息をつくと、横にして、枕代わりに荷物をあてる。
パチパチと爆ぜる火が、リューの顔を赤く照らす。
オオドリは頬杖をついてそれを眺めた。

 何故、リューは自分に同行しようなどと思ったのだろう?
何度も頭に浮かんだ問いだが、ちゃんと納得のいく答えが出たことはない。
まさか、本当に、寂しそうだった、とか、可愛いとか、そんな理由でついてきているのだろうか?

 ツン、と髪をつつくと、「ふに」と息をもらして寝返りを打つ。

 普段はお子様そのものだ。
けれど、どうも、そうではないらしい。
かといって、淑女扱いもできない。
その理由も、はっきりと答えが出ない。

 オオドリは大きく息を吐き出した。
火に枯れ枝を足し、体を休めようと姿勢を崩す。
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