番外編

□Forget me not
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 むかぁし むかし。
Long long ago .
Once apon a time.
さまざまな、けれどどこか似通った響きで言葉で始まる物語たち。
人と精霊が同じ世界で過ごしていた頃。
 草木は豊かに茂り、花果は惜しげなく咲き、実りをもたらす森がありました。
それは獣を呼び、肉を食す獣が入り、それがまた草木の養分となる、見事な循環(じゅんかん)を為す森でした。その精(エネルギー)はやがて意思を生じ、中心たる緑と引き替えに、ひとりの精霊(せいれい)を生み出しました。
森により生まれ、森自身である主(ぬし)たる精霊。
その名を<たなごころ>と、彼女自身でもある森は呼びました。
 その森に主が生まれたことを、伝達を得意とする風の精霊が通り抜け、他に伝わり、移りくるもの、
また森自身から、さらに精霊が息吹き生まれきて、そこは人(ヒト)から「精霊の森」と呼ばれる森となりました。
 精霊の森の誕生を喜び、大神<統治>が、<たなごころ>の元へ訪れました。
生まれたばかりの彼女を言祝(ことほ)ぎ、また、力ある、けれどまだ、心が幼い彼女に、彼の知るあらゆることを伝えるために。
彼女のような精霊は、その森に棲まう精霊たちの長(おさ)となること、そして、そのような主を「化身(けしん)」ともいうこと。
けれど生まれたばかりの精霊に、<統治>の話は難しく、意識の深いところに沈み眠り、そして時を待つのでした。
彼女に分かるのは、この森の状態がどのようであるか、森に棲む精霊たちがどのようにしているかということだけでした。
それを伝えた<たなごころ>に、
「それこそが、主たる者の証」と、<統治>は笑ったのでした。

 その<統治>もまた、<たなごころ>の森を含む、世界の<化身>でありました。
神族、精霊、魔族、人類…あらゆる生き物、あらゆる流れ…世界に起こるあらゆることを、その内に統べて、治める者でありました。
けれど、その身の内に、決して直(ただ)せぬことが、いつの間にか生じていました。
人の棲むところから、それは始まっておりました。世界に、彼の身におきた断絶。
後に<壁>と呼ぶ乖離(かいり)。
気付いても、人が、精霊や魔族、神々から離れ始めたこと。その断絶を繋ぎ直すことは叶わず、新たな世界の形と、治め方を要すると、悟らねばなりませんでした。

 姿を隠す前に、<統治>は、「人界」が主な拠(よ)り所となった<森>の長たちに伝えました。
新たな形をとる世界、否応(いやおう)無く、変化する世界のことを。
森のために…長自身のために。
断絶により死滅した者が少なくないこと。
それは<たなごころ>の森でも起こりうること。
ゆえに、断絶を強めることでしたが、人から精霊を見出す目を弱めたと。
精霊を見るには特別な目か、精霊による招待を要すると。
淡々(たんたん)と、初めて会ったときのように<統治>は優しく語りましたが、その顔に、悲しみと、無力感が漂っておりました。
そして言(こと)の外(ほか)に伝わり来たのは数多(あまた)の悲鳴や流れる血。
決して、それまでの<環(わ)>の中では感じたことがないほど強烈な。
<統治>と鏡のような面(おもて)でうなずく<たなごころ>に、<統治>は重ねて、人から精霊たちを隠す術(すべ)を教えたのでありました。

 そうして、<たなごころ>の森の精霊は、二重(ふたえ)三重(みえ)に人と隔てて過ごすようになりました。
森の中心であり、精霊たちの集会所である「広場」には、人の入り込まぬように、やわらかに道を迷わす術(じゅつ)が敷かれました。
もともと姿の不確かな精霊たちにさらに、特別な目を持つ者以外には見えぬように隠形(おんぎょう)を。
それでも、<たなごころ>の森の裾野は人を循環の一つと数え、「広場」に入り込めぬにしても、
人は<たなごころ>の森の豊穣(ほうじょう)を、獣と遭遇する危険と対峙しながら、受けることができました。


 やがて時が経ち、<統治>がまことに姿を隠し、<世界>が、その二の姫に譲られる頃。
 <たなごころ>は、遙か広大な森と育っておりました。
木々は年輪を重ね、草花は種類を増し、さらなる食と住まいを獣たちに供(きょう)しておりました。
それは、人に対しても。
草花や果実などを採りにくる女たちや獣を追う狩人が、毎日のように裾野をめくっておりました。
広き森ゆえ、ほんの入り口といったところでも、それらの用は足りました。
常であれば。



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