第一部

□T-3 ケンカ腰に話す件
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《あれはまだ、己を知らないという意味では、幼かった。
その言葉がどれほどの力になるかを、知らなかった。
我が弟の経験は、浅い。
過ちは、私以上に多い。
リュンキスの知るように、我らはそなたらより高次にあるだけで、万能ではないのだ》
「ーーーヒトを、縛るくせにっ!」
《そうだ》
「あたしたちと同じくらい浅はかなのに」
《そうだ》
「ただあたしたちより<力>があるだけなのにっ!」
《そうだ》
「・・・・・・・・っ!」
リューの目から、涙があふれた。

女神の出現を引き金に、様々な事を思い出し、感情が把握しきれないほど、あふれる。
手の甲で涙をぬぐう。
顔がグシャグシャになっていた。
「解放して・・・」
小さく、空気の抜ける拍子にもれたようなつぶやき。
それでも女神はちゃんと返した。
《・・・私には、出来ぬよ。
時の管理は私ではない。我らよりももっと高次の、<調整>の神と眷属けんぞくだ》
泣きじゃくるリューを、胸に抱え、女神は幼子を慰めるように撫でた。
《あれは体の時を止めるだけなのに、リュンキス、
心の時まで止めてしまったのか?》
ささやくように、額を合わせる。
《・・・そうだな。
人にしては長い時間を・・願わぬ事を強いられて、
心乱れるのも当然だ。
だが、リュンキスよ
時は、そなた自身が動かすことも出来るのだよ・・・?》
繰り返し、優しく撫でる。

どれほどの時間をそうして過ごしたのか。

枯れることがないと思う涙も、不思議と、止まるときが訪れる。

変わらないものはない。
終わらない闇はない。
どんなに、それが、永くとも。
現に、闇を払う風は、彼女に、吹いた。

「いつか・・・」
涙の残る顔を上げ、鼻をすすり、リューは女神を見上げた。
深い、青の瞳。
彼女の弟と同じ、<人を愛する存在>の瞳。
《ん?》
女神は軽く続きを促した。
「いつか、エータを解放しないまま、この時を動かしてやるんだから!」
親指で自分の胸を指し、きっぱりと宣言した。
女神は、弾けたように笑った。
《それは、頼もしい!》
冷やかしではなく。
期待していた以上の言葉に、歓喜があふれ出たのだ。
《そのときはぜひ、成長した姿を拝見しよう》
くすくすと、少しずつ笑いをおさめる。
「大きくなっても、あーちゃんはあーちゃんだもん!」
気恥ずかしくなってそっぽを向く。
その方向に。

リューは体中の体液がどこかへ行ってしまう気がした。

「あ、追いついたんだ」
リューをここまで運んできた人狼が呟く。

そうだ。
ああ言ってくれたオオドリ君が、ただ宿屋で待っている訳が
ないのに。
嬉しいはずなのに、今は喜べなかった。
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