作品展示場

□novel
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Close connection

藤君が好きなの…、と言われた。何かにつけそういう場面から逃れていた俺だったが、それを言った女は執拗で、学校でほとんど俺たちしか来ないであろう保健室にまで付いて来た。恐怖の顔面が貼り付いた養護教諭は珍しく仕事中らしく、俺とその女を振り返ったまま、声を掛けられずに固まっていた。「……ついて来んなよ…具合が悪いからここ来てんだからさ。」俺は身勝手なその女の振る舞いに苛立っていた。こんなときにこそ教師らしい発言を期待していたのに、そいつは何も言わずに立ち上がると、硬い笑顔を浮かべながら入り口を塞いで睨み合っていた俺と女の間に割って入って来た。「…僕はちょっと席を外すからね、藤君、留守番をお願いしても良いかな…」そいつは俺と視線を合わすのを避けるようにいつもは緩慢な語調を早口で繕いながら、返事も待たずに開けっ放しの入り口から大股に出て行こうとした。「おい、ちょっと待てよ。」俺は徐々に膨れ上がってくる怒りを意識しながらそいつの白衣の裾を掴んだ。「アンタ教師だろーが、生徒が困ってんのに見捨てて逃げんのかよ。」俺の語気の強さにそいつは間抜けなくらいに眼を丸くしておずおずと振り向いた。「ご、ごめんね…僕、こういう事ではちょっと力になれないから…」だから理由を付けて逃げようとしたと言いたいらしい。「そんなん理由にならねえだろ、教師なら仲裁に入るのが普通だろーが。」俺は女に振り回されている不満もあって、掴んでいた裾を払い除けながら八つ当たり気味に声を尖らせた。慣れているからかどうか、そいつはそれについては何も言わなかった。瞳孔を瞬きながらうまい文句は無いものかと、考えをめぐらしていたらしい。「そうだね……えーと…何て言ったら良いか分からないけど…」俺たちに交互に眼を向けてから、そいつは細長い指先でこめかみを押さえながら遠慮がちに言葉を継いだ。「藤君…君ももう少し彼女の話を聞いてあげたら良いんじゃないかな?」「話ならさっき聞いただろ。」俺は所在無げにしていた女に向かって素早く声を掛け、戸惑いながらも頷くのを確認してから、教師に向き直り、「――で?」と先を促した。これ以上話すことなんて無いだろうと暗に言いたかったのだが、俺は教師が何を言うかに少しだけ興味があった。どうせ次の授業は美術だし急ぐこともない。「……あの…」女が消え入るような声を絞り出して二人の注意を引いた。俺はさっきまでの女の厚かましい態度が気に食わなかったので一瞥しただけで済ましたが、教師は背を屈めて女の顔を覗き込むと、「…大丈夫だよ、藤君はちゃんと話を聞いてくれるからね…ゆっくり話したら良いよ…」と励ましている。俯いた女の肩が小刻みに震えているのを気後れしているとでも思っているらしい。単にアンタの顔が怖いだけだよ、と言ってやりたかったが、眼尻を下げて必死に優しげな表情を作ろうとしている様を見ていると何となく躊躇してしまう。どうせすぐに分かることなので、俺は黙って見物していることにした。案の定、女は教師の恐ろしげな顔に耐え切れず、悲鳴を上げて一目散に廊下へ飛び出して行った。慣れている筈の俺たちでさえたまにぎくりとする瞬間があるのだから、免疫がない場合で見上げた先にあの顔が鎮座しているのは尋常ならざるものがある。「…アンタなぁ…いい加減自覚しろよ。」ようやく蹴りが付いたことにほっとしながら、俺は苦笑いを滲ませてそう言った。
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