作品展示場

□この感情を何と呼ぶのか
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逸人は自分を『欠けた』人間だと思っていた。

思春期の頃に病魔に罹り、それ以来、少しずつ感情を喰われて生きてきた。

思春期特有の悩みや葛藤といった苦しみとは無縁でいられたけれど、淡い初恋だとか、喜びの感情も等しく喰い尽くされた。

罹人としてこの病魔をコントロール出来るようになる頃には、思春期はとうに過ぎていて、逸人は人の心の成長に必要な時期を経験しないまま大人になってしまった。

時折、恩師である三途川にもからかわれるが、逸人は他人の感情に疎く、特に恋愛に関しては絶望的に鈍かった。
人間、自分の中に無い経験を理解するのは困難だ。

だが逸人はそれで良いと思っていたし、特に不自由な思いをする事も無かった。

罹人としての生き方を選んだ時点で、独りで生きていこうと決心していた。
逸人は生徒達を好きだったが、それは大勢に向けられたものであって、誰か特定の人間に向けられるそれとは違う。

こんな『欠けた』人間である自分が誰かを愛するなんて考えられない。
例え愛せたとしても、相手も自分も不幸になるだけだ。

逸人はそうやって、これまでも、これからも独りで生きていくつもりだった。
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