妄想劇場

□幾千の間遠
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これは、語られるべき機会が失われた、オレの人生である。



始まりは、船が難破する所から始まるのであろう。

貿易を主とした船の乗組員として、乗り込んだ船が嵐により難破した。

幸いにも、自分は近くの海辺へと流れ着いたのだが、濡れた身体を引き連れ砂浜を歩けば、突然石を投げられた。

それは、とても小さな石だったのだが、当たり所が悪くこめかみから血が流れ出る。

振り向いた先には、ここに住む子供がおり、その瞳には畏怖と形容すればいいのだろうか、そんな感情で自分を見ていた。

その瞬間、理解した。ここは、自分が暮らしていた土地では無く、自分を擁護する存在が無いのだ、と。

寒さで震える足を無理矢理にでも動かし、近くの山にまで逃げ込むが、噂話と言うのは千里より早く駆け、時を待たずしてすぐに山狩りにあった。

煌々と照らされる松明。

息を殺して、足音が過ぎ去るのを待つのだが、右も左も分からない土地では、すぐに捕まるのがおちである。

身柄を拘束され、過度な暴力にも遭いながら、都へと差し出された。

ここでは好奇の瞳に曝され、ひそひそとした声だけが耳に届く。

言葉の意味を理解していないと思っていたのだろう。

明け透けない物言いばかりを耳にして、思わず自虐的に笑った。

“鬼が現れた”

『鬼…ね。この国は、見掛けで判断するのか』

難破した船の中に、この国の者が居た。

彼は今の自分と同じ境遇だったのだが、運のよさが彼に味方をし安穏とした暮らしをしていた。

その彼の世話を焼き、その時にお互いの言葉を学びあっていたのだ。

それが幸いしたのか、それとも不運を呼んだのか。

『面白い。我々の言葉を理解する鬼か。これ程……に最適な物はないな』

これが決定してからは、自分の待遇が変わる。

毎日、必ず三食が与えられ、温かい寝床、少しばかりの自由、不便を感じる事が無い暮らしを提供されたのだ。

けれど、決して安穏を約束された訳ではない。

いつか来るべき未来で使用される道具として、自分は生かされているだけなのだ。
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