ショート劇場
□沈丁花
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飾り気が一つも無い左手。
そこに約束を施したら、君は笑うだろうか?
何かに、のめり込むと言う事をした事は無かった。
ましてや、他人を深く愛する事を知らなかった。
「孝典さん。買い物に行って来ていいですか?」
「買い忘れた物でもあったのか?」
疑問に疑問を返すと、恥ずかしげに克哉は頷く。
「肝心の、おそばを買うのを忘れてたみたいです」
大晦日の今日、年越し蕎麦を二人で食べようと話していた。
自分としては、恋人の誕生日だから、豪勢な物を食べに行こうかと提案したが
『外だと・・・。その・・・、寂しくなるから・・・』
彼が役所に転居届を出す程に、私との距離は縮まっている。
しかし、自分に伝わるのは切ない言葉ばかり。
「一緒に行こう」
「いいんですか?」
伝えようと思えば、簡単に伝える術が自分にはある。
けれど、いつも言葉足りずで、君を哀しませていた。
「当たり前だろ。それに、私も用事がある」
だけど、克哉。今では、足りない言葉でも、君は微笑んでくれる。
沈丁花
(永遠を語るには)