BSR短編A

□忘却してしまった右肺の液
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ぷかぷか空に浮かぶ環状のふわふわ煙のような、軽くて触れようと手を伸ばした瞬間に消えゆく、曖昧模糊、だけどちゃんと目に見えてる。"存在している"という証明が難しい、そんな液体が私の身体からちゃぷちゃぷ聞こえる。振れば響く鈴音のように、私が跳ねると共にちゃぷん、と上下に揺れる。

ぽつり。落ちた水滴。波紋が噂話でも言い触らすかのように瞬時に広がった。

「それ、胃液じゃねぇの?」
「いやだねー。これだから男は。浪漫があっても、女の子の気持ち汲めなきゃ夢見せなきゃ、女の子ついて来ないのよぅ」
「うううるさい!」

人は海から生まれたのだと言う。あんな水と暗闇しか存在しないところから、果たして生命と呼ばれる生命は本当に生まれ得るのか。
そもそも酸素嫌いって言ってた生き物から、酸素大好きな生き物が派生するのか、可笑しいぞ最新生物学。凡例(はんれい)を探しておくれ。否定させておくれよ。

「…」
「なによう」

そんなに私が可愛い?いやん。穴が空くほど見つめていたい?いやん。そんな大胆告白しないで。

「…あほらし」
「ちかちゃんのバカー!子分と魚釣りでも行って鰍(かじか)にでも逆に釣られてしまえー!」
「おま、ちょ、声、」
「ふーんだ!元親なんて深海で破裂しちゃえばいいんだ!」
「お前なあ…」
「…元就君はそんな無神経なこと言わないもんっ」
「スミマセンデシタ」

腰を60度に曲げて、素直に謝った巨体に、満足よりも呆れた。
あんたそれでも男か。プライドはないのか。そうも簡単に捨てられるものなのか。
もしかしたら、女の子なのでは?思わず疑ってしまう。こんなガタイの良すぎる女の子って言うのも、出来れば遠慮したい。あ、心が女だったり?

意外にも本気で考え出す。そんな私は元親にとって迷惑そのものだろう。
オツムの弱い私(自覚有り)がいきなりうんうん考えていたら、それはもうびっくり仰天。元親は空豆でも食らったかのような表情で止まっていた。今なら大きく開いた口に生イカがすっぽり入りそうだ。(しないけど)

ゴホン、と空気を払拭するようにわざとらしく咳ばらいをすると、彼はやっと我に返った。
灰色の雲が、億劫そうにのろのろと空に浮かんでいる。あーあ私もかったるいわ。
私が空を遊泳する魚だったら、絶対地上まで降りて、布団に寝転がって休憩するね。

「…なぁ」
「なんやねん」
「その、…水音、どんな時に聞こえるんだ?」
「…それを元親クンに伝えて、どうなるのかね」
「別に教えるくらいいーじゃねぇか」
「えーめんどお」
「……」

また、水音。右肺のちょっと上辺りからチャプチャプ。心なしか、嬉しそうに感じる。上下に振ったペットボトルが発する音程。
ああもう面倒!マグロみたいに常時活動する水音。苛立ちしか持ち合わせていないじゃない。

「うおっ」
「…あーあ」

水溜まりに見事にはまる巨体。下を向いた銀髪。女の柔肌には突き刺すように刺激する強い陽射しも、彼の美しい髪を照らすには眩しさが足りない気がした。
だって、彼はもっともっと。太陽よりも強い光を放ち、海よりも凪いでいて、水中を泳ぐ魚よりも自由。

風に煽られそれに順応する銀髪。いつもなら遠いそれが、何だか近距離に感じられて。
何故だろう。ドキドキ、する。

やーだやだ。何この感覚。なんか、落ち着かない。

チャプン。

ひときわ大きく、水が跳ねた。
雲間から一瞬、目も眩む光が放たれた。眩しい。

「なータオル持ってないか?」
「、っ…ない」
「? どした?」

耳、赤いぞ。
指摘されて、更に赤くなる。何故だろう。意識的にはそうなる理由が分からない。
けど、きっと本能的には分かっていた。
そして、体の何処かに存在するであろう"心"も、きっと、その理由を重々理解している。

耳元でそんな、耳に心地好い声で囁かれたら、誰でも赤くなるわ。
つっけんどんに、けれど上擦った声でそう返すと、彼は形だけの謝罪を寄越した。

ちゃぷん。
風に吹かれて鈴が体を動かすように、火傷するほどの熱さに煽られて、右の肺から水音が私の身体に広がる。

「…なぁ」
「……なに」
「人間は猿になる前は馬とか牛で、その前は恐竜だったんだ」
「そんなの、私も知ってる」
「恐竜の前は、両生類だった」
「…だから?」
「両生類の前は、魚」
「…うん。で?」
「人類は魚から進化したんだ」
「…諸々を省略し過ぎじゃない?」

いい女なら気にすんな。
いい女という言葉に私の身体を巡る赤い血がドクリと、威勢良い魚のように跳ねる。

「魚はエラ呼吸。体内が水で出来ても、内臓から水が出て来ても、おかしいことじゃないだろ?」
「そ、ね」
「身体の中から響く水音なんか、気にすんな。お前はお前だ」

ぽちゃんっ。
ニカッと太陽も驚くまばゆい笑顔に勢い良く右の肺辺りに水が貯まる。

…嗚呼。これは、愛だ。

魚類から人類に進化する途中で忘れてしまった右肺に貯まる愛。
心臓は命を、右肺辺りには愛を。

どちらも生きていくには必要不可欠。
いつの間にか、私達は愛を忘却してしまったの。

嗚呼、嗚呼。

「ね、元親。私の名前、呼んで?」

貴方のことが、愛しくて堪らないようです。
右肺の水は、貴方への愛の証拠。確かな証拠よ。





∴忘却してしまった右肺の液


意味不明を提出して申し訳ない。
しかし雑賀はお魚唇さん好きなんだ。(真顔)そしてお魚も好きなんだ。(真顔)←
とても楽しかったです!
参加させて下さり、有難うございました!


20110702.

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